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桐乃「ねぇ、散歩行かない?」京介「……そうだな、たまには行ってみるか」

1 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/10(火) 00:27:48.38 ID:YcrpUIOoo

『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の二次創作です。
内容としては、桜咲く三月のある日、京介と桐乃が一緒に散歩するだけの話です。
ちなみにわたし、8巻で黒猫が糞猫になるまでは黒猫派でした。今ですか? 糞猫派です。
糞猫派が書いた桐乃SSなんて、きっとロクなことにはならんでしょうな。

10巻が今日発売? 当然買いません。
何しろ9巻だって読まずに積んであるんですから。

俺の妹がこんなに可愛いわけがない Blu-ray Disc BOX(完全生産限定版)

2 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/10(火) 00:28:25.97 ID:YcrpUIOoo

翌月に大学の入学式を控えた三月末。
俺の地元にもようやく桜前線が到達した模様で、近所の桜の木にも、一つふたつと花が咲き始めていた。
進学先も決まった今の時期、俺にはこれといってやることは何もない。
昼飯も食い終わったばかりだし、只漫然と自分の部屋のベッドに横たわっているのが関の山だ。

部屋のドアが音も無く開いたが、まあこれはいつものことだ。
妹の桐乃が俺の様子を窺うようにしてドアを開け、何か物言いたげな顔で部屋の中に入って来た。

「俺に、何か用か?」

「ねぇ、散歩行かない?」

桐乃が俺を散歩に誘うなんて、まさに青天の霹靂だった。
せっかく咲き始めた桜が散らなきゃいいが。

「……そうだな、たまには行ってみるか」

俺としては、そう答えるしかなかった。
桐乃は珍しくブラウスにカーディガンなんて格好で、既に出掛ける用意をしてるんだからな。

「その格好で寒くねえのか?」

「うん、さっき外へ出てみたけど、暖っかいみたいだから」

「そっか、じゃあ俺も、この上にスタジャンでも着ればいいか……」

3 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/10(火) 00:29:31.16 ID:YcrpUIOoo

家から出てみると、俺が思っていた以上に外は暖かかった。
部屋着のセーターの上にスタジャンの俺には、暖かいというよりむしろ暑い気がしないでもない。

「……で、散歩って、どこへ行くつもりだ?」

「別に決めてないけど……。
 何となく、一人で散歩してもつまらないかなってね」

「じゃあ、ちっとばかし遠いいけど、中央公園まで行かねえか?
 桜はまだ先だろうけど、せっかくの陽気だし……まあ、桐乃がイヤなら他でもいいけど」

「中央公園か……。そだね、たまにはいいかもしんない」

桐乃は俺と並んで歩いてはいるものの、ほんの少しだけ距離を開けていた。
それを見て俺は、以前、沙織のコミュニティーのオフ会に初めて参加したときのことを想い出していた。
あのとき、デートしてると思われたらいやだから離れろって言われたんだよな……。

「何笑ってるの? 春の陽気に頭までおかしくなった?」

「ばーか、ちょっと昔のこと想い出しただけさ」

「ふーん。……どうせロクでもないこと想い出したんだろうから聞かないけど」

4 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/10(火) 00:31:12.52 ID:YcrpUIOoo

桐乃の俺に対する言葉づかいは以前と同じでも、なぜかその言葉に棘はなかった。
俺に耐性が出来たのか……いや違うな。今思えば、以前から桐乃の言葉に棘なんか無かったんだろう。
勝手に俺が桐乃を疎ましく思い、勝手に俺が桐乃を遠ざけていただけなのかもしれん。
一つ屋根の下、ずっと一緒に暮らしてきた兄妹だっていうのにな。

「ねぇ、一つだけお願い聞いてくれる?」

駅前を通り過ぎて、中央公園までもうすぐというところまで来たときだった。

「お願いってなんだよ」

「聞いてくれるって、約束してくれるんなら言ってもいいけど」

「交差点でトラックに飛び込んでみろとかいうのはナシだかんな」

「ばーか、いつの話してんだか。……ねぇ、聞いてくれる?」

これから人にお願いをしようってヤツなら、普通は相手の目を見て言うもんだろうが。
桐乃は俺の目を見ようともせず、むしろ顔を背けるような素振りさえ見せる。

「……わかった。死ぬ以外のことなら何でも聞いてやる」

「そう……ありがと。……約束だからね」

「ああ、男に二言はねえよ」

「じゃあ、今日だけ……家に帰るまででいいから……あんたのこと、京介って呼ばせて」

5 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/10(火) 00:31:46.82 ID:YcrpUIOoo

俺のことを京介と呼びたいと桐乃が言ったのは、確かこれで二度目だ。
一度目は、モデル事務所の美咲さんから、モデルとしてヨーロッパに連れて行きたいと誘われたときだった。
あのとき桐乃は、彼氏と離れたくないと出任せを言って、俺を臨時の彼氏に仕立て上げたんだっけ。
しかし、今日は俺たちのことを誰かが監視してるわけじゃねえだろうし、なぜ……。

「俺は別に構わねえけど、何でまた……」

「理由は聞かないで……。
 京介は、あたしのお願いを聞いてくれるって約束したんだから。
 それから、ついでにもう一つだけお願い。……今日だけは、あたしのこと、妹だって思わないで」

一つだけお願いを聞いてくれって話だった筈が、ついでだと言ってもう一つ付け加えやがった。
それも事もあろうに、自分のことを妹だと思わないでくれって……。
桐乃の顔を窺うと、何だかいつにもなく真剣な表情で、とても冗談を言っているようには見えない。

何かに悩んでいるというわけでもなく、何かを思い詰めているというわけでもなさそうだ。
只、真摯なまでに真剣な眼差しで、その瞳は澄み切っていた。

「了解。……俺のことを京介って呼ぶことも、おまえを妹だって思わないこともな」

「ありがとう、京介。……でも、今日だけだからね」

桐乃はいくらか頬を染め、ちょっと照れたように笑った。
俺も何となく照れくさい気がして、何だかわからないまま桐乃につられて笑っていた。
不思議といえば不思議な感覚だった。


10 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/11(水) 01:07:37.80 ID:5cnWdTCBo

桐乃の服装が、いつもの桐乃らしくないことも原因の一つかもしれない。
白いブラウスに水色のありふれたフレアスカート、そして薄いピンクのカーディガン。
おまえは、三丁目の夕日かっつーの。
まあ、これが麻奈実だったらいつものことだから納得もいくんだがな。

「……何見てるの? もしかしてあたしの格好、変だったかなぁ」

「いや、変じゃねえし、似合ってると思うけど……」

「思うけど……何?」

「何だか桐乃がそういう服着てると……あっ、そうか」

「想い出した?」

桐乃の服装センスは、イマドキの女子中学生の中でも抜きん出ている。
しかし、それは桐乃が読モで稼ぐようになり、自分の金で服が買えるようになってからの話だ。
当然のことだが、それまでは、お袋が『しまむら』あたりで買ってきた服を着ていたわけだ。
お袋の服のセンスは、お世辞にも良いとは言えない。
それは、お袋の遺伝子をかなりの割合で引き継いだ俺を見れば明らかだろう。

「ああ、でも何でまた?」

「こういった感じの服、あたしも別に嫌いなわけじゃないし……。
 それより、いつもの服装だと京介がみすぼらしく見えるんじゃないかと思ってね」

桐乃は、俺の服のセンスに合わせてあげたんだと言って可笑しそうに笑った。

11 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/11(水) 01:09:11.64 ID:5cnWdTCBo

「はっ、そりゃあ気ぃ遣ってもらってありがとよ。いや、待てよ……てことはだなぁ……」

「何?」

「今日の俺とおまえは、誰が見てもベストカップルってわけだ」

「ダサい服着たカップルだけどね。
 まぁ、あたしは元がいいから、これくらいダサい服着ててもサマになるかもしんないけど」

相変わらずの減らず口だが、桐乃が言うと妙に納得できる。
それに服装が控えめな分、桐乃が本来持っている可愛さが一層引き立っている。
どっちにしても、俺がみすぼらしく見えるじゃねえか。

「ねぇ、京介は、女の子の服装ってどういったのが好み?
 バリバリに決めたイマドキ流行の服と、今日のあたしみたいな服だったら」

「俺は、元々が地味だからな……」

「そんなこと、言わなくてもわかってるっつーの」

「なら正直に言わせてもらうとだな……どっちかっつーと、今日の桐乃みたいな服の方が好みかな」

「そっか、京介は、女の子にはこういう服装をしてもらいたいと。うん……わかった」

「何がわかったって?」

12 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/11(水) 01:10:43.17 ID:5cnWdTCBo

桐乃が笑いながら答える。

「別にぃー」

「ふん、そうかよ。……そう言うんじゃねーかとは思ったけどな」

この二年足らずで、俺たち兄妹の関係は随分と様変わりした。
当時の俺たちはお互いに反目し合い、同じ家で暮らし、同じ食卓に着きながらも会話さえ皆無だった。
それが今じゃどうだ、誰が見たって仲の良い兄妹にしか見えねえだろ。
二人が兄妹だと知らないヤツなら、それこそ仲睦まじい恋人同士に見えるかもな。
桐乃が、それを望んでいるかはともかくとして。

「ねぇ……桜、思ったより咲いてるじゃん」

中央公園が見えてくると、公園の外周や遊歩道に沿って植えられた桜が遠目にもわかる。
俺の家の近所は色の濃い八重桜が多いが、この公園に植えられている桜は、淡い色をしたソメイヨシノだ。
やはり、俺は桜といったら、代表的なソメイヨシノが一番桜らしいと思っている。

「まだ、三分咲きってところだな」

「ううん、桜はこれくらい咲いてるのがいいんだって。
 だってさぁ、満開になっちゃったら、その後は散るのを待つしかないじゃん」

「――ったく、それを言ったら元も子もねえだろうが。
 まあでも、満開になるまで待ってるのも楽しみがあっていいかもな」

「そういうこと、ってね」

13 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/11(水) 01:12:06.65 ID:5cnWdTCBo

俺は公園の入り口近くにあった自販機の前で足を止めて、緑茶のペットボトルを二本買った。
取り出し口に手を突っ込みながら、ふと桐乃に目をやる。

「……桐乃も、緑茶で良かったっけか?」

「うん。……どうしたの? あたしに気なんか遣っちゃって」

「いや、そういうわけじゃねーんだけどさぁ……何か、聞いてから買えば良かったかなって」

「あたし緑茶好きだし。……でも、気遣ってくれてありがと」

何でそう思ったのかわからないけど、もし桐乃の彼氏だったら、そうしたんじゃねえかと思ったんだ。

春だから桜が咲いているといっても、何の変哲もない地元の中央公園。
以前は、植物園ですら有り得ないとか言ってたヤツなのに、今日は文句一つ言わなかった。
四月から高校生になるのを前にして、桐乃の中で何かしらの心境の変化があったのか。
しかし、それを確かめる術も、口に出して聞いてみる勇気も今の俺にはなかった。

「ねぇ、あたしが言ったこと聞いてた? 歩いてるだけじゃ何だし、ベンチに座って話さないかっての」

「――え? ああ、歩いてるだけじゃ何だしな、ベンチにでも座って話すか」

「京介のばーか、オウムかっつーの。――行くよ!」

着ているスタジャンの袖を引っ張られ、俺は桐乃にされるがままといった感じで歩いていた。
他人が見たら、俺はどう見ても、彼女の尻に敷かれたマヌケな彼氏ってところかもな。


17 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/12(木) 02:18:56.63 ID:ONUfGzjro

平日の昼下がり、三分咲きの桜を見に来る者など高が知れている。
桜の名所というならまだしも、地元の中央公園だっていうんだから尚更だった。

スタジャンの袖を引っ張っていた桐乃の手は、いつの間にか俺の腕に絡ませてあった。
桐乃はめぼしいベンチを見付けたらしく、迷うことなく俺を誘導する。
遊歩道の脇、ちょうど桜の木の下にあったベンチに、俺と桐乃は並んで腰掛けた。

「なぁ、こうして見ると、この公園って結構な広さなんだよな」

「あたしも知らなかった。……っていうか、今まであんま来なかったしね」

「俺が思い付きでつい中央公園なんて言っちまったけど、こんな所で良かったのか?
 桐乃が行きたいとこあんなら今からだって――」

「またあたしに気ぃ遣ってるし。……あたしは別にどこでも良かったの。
 京介が植物園って言えば植物園でもいいし、只歩くだけだって言えばそれでもね」

「桐乃こそ、俺に気ぃ遣ってんじゃねえか。今日の服だって俺に合わせたって言うし」

「あれは半分冗談だって。……こういう服もたまにはいいかなって、あたしも思ってたから」

俺も桐乃もベンチに座ってあらためて話をしようとすると、なかなか話が切り出せない。
桐乃とは夜通し語り明かしても尽きないほど、話したかったことがたくさんあるっていうのに。
これじゃまるで付き合い始めたばかりの恋人同士だよ、まったく。

18 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/12(木) 02:19:37.08 ID:ONUfGzjro

桐乃はここへ来る前、今日は自分のことを妹だと思うなと俺に約束させた。
何かの暗示かとも思ったけど、どうもそんな様子もない。
好天に恵まれた春の日に、三分咲きの桜を眺めてベンチに座ってるだけだもんな。

「何だか……どうしようもなく平和だよな」

「春だからね。
 ずっと小さかったときも、あたし、こんな風にして京介に掴まってたときがあったなぁ」

「それって、俺たちがまだ小学生だったときのことじゃねえか?
 お袋がご近所の奥さんとこ行ったきり話し込んじまって、昼になっても帰って来なくてさ。
 俺もおまえもソファーに座って、お袋が帰って来んの待ってたんだよな」

「あたしがお腹すいたって言ったら、京介が冷蔵庫漁ってチャーハン作ってくれたんだよね」

「あったな、そんなことも。……そういや、桐乃が作ってくれたこともあったじゃねえか」

「そうそう、あたしも京介の真似してチャーハン作って、そのあと二人してお腹壊して――
 ねぇ京介……大学の入学式の前に、いっぺん、死んでみる?」

容姿端麗、学業優秀、スポーツ万能な桐乃だが、こと料理に関しては……。
俺の妹としてこの世に生まれて来たんだから、一つくらいの欠点は神さまの配剤かもな。
それでも以前に比べれば、多少なりとも上達したのは明らかだ。
桐乃が料理を作るたび、俺が実験台にされてんだからそれは間違いない。

19 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/12(木) 02:20:15.85 ID:ONUfGzjro

春休みのせいか、部活帰りらしい女子中学生の一団が俺たちの前を通り過ぎて行く。
その中の一人が俺を見て首をかしげた。
きっと俺と桐乃を見比べて、彼氏にしちゃあ見劣りするとでも思ったのかもな。

桐乃は桐乃で俺の腕に絡めた手を放すどころか、強引に自分の側へ引き寄せた。
そっと桐乃の顔を横目で窺うと、思いっ切り不機嫌な顔で女子中学生の一団を睨んでいやがる。
誰も俺のことなんか持っていかねえっての。

「あたしさぁ、高校でも陸上続けようと思うんだよね」

女子中学生の一団が遠ざかって行くのを見送りながら、桐乃が何気なく呟いた。

「そうなると俺の母校の陸上部も、いよいよ全国にその名を轟かすってわけか」

「高校は中学と違って一気にレベルが上がるし、京介が言うように簡単じゃないっての。
 あたしがスポーツ留学できたのだって、中学生レベルで見たときの話しなんだし」

「だったら、今さら言ってもしょうがねえけど、もっと陸上部の強い高校だってあったろうに。
 俺の高校の陸上部なんて、中学生にも負けるようなレベルなんだから」

桐乃が俺と同じ高校を受験すると聞いたとき、誰よりも驚いたのはお袋だった。
県内でもトップクラスの成績の桐乃が、選りによって俺と同じ高校を受験するってんだから無理もない。
ついには家族会議まで開いて、家族総がかりで桐乃を説得する始末だった。
俺は桐乃を説得しながら思ったよ。俺の高校って、いったいどんな高校なんだよ、てな。

20 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/12(木) 02:21:45.08 ID:ONUfGzjro

お袋なんか俺の陰謀じゃないかとまで言い出すし、俺も濡れ衣を晴らすのに必死だった。
危うく俺とお袋の大喧嘩に発展し掛けたとき、それまで押し黙っていた親父の一言がすべてを決めた。
『桐乃を信じろ』、親父はそう言った後、とっくに気の抜けたビールを飲み干して頭を抱えた。

「あたしの種目は100のスプリント一本だし、目標を決めてしっかりと練習すれば大丈夫」

「桐乃がそう言うなら、素人の俺は何も言えねえけど……。
 でも、何でまた俺と同じ高校にしたんだ? 家族会議のときだって、はっきりと理由は言わなかったし。
 まさか、制服が可愛いからなんて言うんじゃねえだろな」

「あの制服、あたしたちの間でもまったく人気ないって。
 県内で見ても、堂々のワースト10に入っちゃったりしてね」

「そこまで言うか」

「家から歩いて行けるから……って言ったら、京介は信じる?」

「それは俺が高校を決めたときの理由だろうが」

桐乃の入学が決まったとき、俺は嬉しかった反面、複雑な気持ちもあった。
学業でもスポーツでも、俺のずっと先を走ってた桐乃が、急に立ち止まった気がしたんだ。
もちろん、桐乃の成績が落ちたわけじゃないし、高校も推薦で難なく決まった。

「あたしも随分と迷ったんだけどね。
 ……今だから言うけど、京介と同じ高校に決めたのは、あやせの方が先なんだよ」


24 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/18(水) 22:42:39.08 ID:4dKIboBGo

「どうも俺にはピンと来ねえんだけどさぁ」

「かもね。京介って、そのへん鈍いから」

「意味わかんねーし」

「あやせのお母さん、本当は女子高に行ってもらいたかったみたい。
 三者面談の後だったかなぁ、あやせ、ちょっと寂しそうな顔であたしに話してくれて……。
 あやせって、お母さんの言うことは絶対みたいなとこあるじゃん」

「女子高なんか入ったって、右も左も女だらけで面白くもなんともねえだろう」

「少なくとも、悪い虫はつかないんじゃないの」

悪い虫って、俺のことだとでも言いたいのかよ。
まあ、親父さんが議員、お袋さんはPTAの会長っていうんだから無理もないかもな。
どこの馬の骨ともわからない男共がいる共学に、可愛い一人娘を入れるなんて考えられんだろう。

「去年の秋くらいかな、あやせ、そのことでずっと悩んでた時期があってね。
 いっそのこと、あたしもあやせと同じ女子高にしようかなって思ったんだけど……。
 でも、それはあやせに断られて、自分で何とかするから大丈夫って」

「桐乃と同じ高校へは行きたくないって、そういうわけじゃないんだろ?」

「そんなことあるわけないじゃん。理由は他にあって……」

25 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/18(水) 22:43:13.01 ID:4dKIboBGo

あやせにとって、桐乃は憧れの存在、崇拝していると言っても過言じゃない。
だから、桐乃からあやせも一緒に受験すると聞いたときも、俺はさして驚きはしなかった。
あやせが桐乃と同じ高校へ行きたいと思うのは当然のことと思ったからさ。
しかし、あやせの方が先に決めていたとなれば話は変わってくる。

「あやせ、ずっと前から行きたい高校は決めてたんだと思う」

「それが、俺の高校だったってわけか」

桐乃は、俺の問い掛けに黙って頷いた。

「推薦もらうんなら、遅くたって二学期の終わりまでには先生に言わなくちゃいけないじゃん。
 あたしも、あやせと別々になったらいやだなって思ってはいたんだけどね。
 そんなこんなで悩んでたら、あやせが先に言ってきて……」

「それが、俺の高校だったってわけか」

「さっきからそればっか」

俺の卒業した高校なんて、言ってみればごくありふれた普通の高校だ。
県内トップクラスの進学校というわけでもないし、特筆するような何かがあるわけでもない。
有り得ないとは思いつつも、一つの可能性が俺の頭に浮かんだ。

26 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/18(水) 22:44:50.65 ID:4dKIboBGo

「京介がいた高校だから、あやせは行きたかったんだよ」

桐乃のさり気ない一言に、俺は一瞬言葉を失った。
俺が通っていた高校だから、あやせは敢えて選んだんだと桐乃は言う。
しかし俺が卒業しちまった今、そのことにどれ程の意味があるというのだろうか。

「ねぇ京介、どこもかしこも春だよね」

桐乃は俺の顔を覗き込むように見てニッコリと笑い、俺は桐乃の顔を見て固まった。
顔は笑ってるけど、俺の腕を掴んでいる桐乃の指先が、心なしか俺の腕に食い込んでいる。
ペットボトルのお茶を一口飲んでから、桐乃が誰に言うともなく呟いた。

「どうするのかな、あやせ」

「どうにもなんねーだろ、俺はもう卒業しちまってるわけだし」

わざと含みのある言い方をする桐乃。
俺からすると、今までは妹の親友のあやせが、それに加えて今度は同じ高校の後輩になるわけだ。
在籍してたゲー研には今も真壁くんや瀬菜がいるわけだし、少なくない黒歴史も残してきた。
どこで俺の噂があやせの耳に入らないともかぎらない。

「あたし、入学式までに髪の毛の色、黒に戻そうかなーなんて思ってるんだよね。
 入学した後だと目立っちゃうし、やるなら今しかないじゃん」

「どうしたんだよ急に――ていうか、何で今になって」

「わかんないよ……」


30 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/22(日) 03:42:03.60 ID:8AxezA0Xo

いつも自信に満ち溢れ、ときには兄貴の俺さえもアゴで使うことを厭わなかった桐乃。
そんな桐乃が、病院の待合室で順番を待つ患者のように、俺の隣りで不安げな顔で座っている。
なんじゃこりゃ。

「なぁ桐乃、あやせと何かあったのか?」

「あやせとは何にもない。
 ていうか、最近はモデルの仕事が忙しいみたいであんま会ってないし」

「そういや、おまえはずっと休んでるみたいだけど、もうモデルの仕事はやらないのか?」

「やめた。……美咲さんには未だ言ってないけど、もうやらないと思う」

桐乃は視線を遠くに投げ、ベビーカーを押しながら散歩する若い夫婦を目で追っていた。
今にも桐乃の口から、溜息と一緒に魂まで抜けていきそうな雰囲気だ。
ここは俺の出番だってわかっちゃいるけど、何をどうすればいいんだかわからねえ。

「なぁ、困ってることとか悩んでることがあるんなら、俺に話してみねえか?
 聞いたからって、俺がどうこうできるなんて思っちゃいねえけどさ」

「人生相談……復活ってわけ?」

「まあな」

桐乃の顔に、少しだけ笑顔が戻った。

31 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/22(日) 03:42:39.45 ID:8AxezA0Xo

今の俺に出来ることといえば、桐乃の話を聞いてやることぐらいだ。
桐乃にも言ったけど、聞いたからって俺に出来ることなんか高が知れている。
それでも俺に話すことで、桐乃の気持ちが今より少しでも楽になればと思ったからさ。

「……最近、あやせの様子が少し変なんだよね」

「あいつが変なのは昔っからじゃねえか」

「それはそうなんだけどさぁ。
 最近のあやせ、活き活きしてるっていうか、何か企んでるっていうか……」

「イマイチ言ってる意味がわかんねーんだけど」

以前の人生相談じゃあ、桐乃はもっとストレートな物言いだった。
しかし今回は、奥歯に物が挟まったというか、桐乃が何を言いたいのかさっぱりわからん。
悩みの原因があやせだとすれば、桐乃が言い辛くなる気持ちもわからなくもないが。

「じゃあ、今度は俺から質問するけど、いいか?
 最近あやせの様子が変だっつーことだけど、具体的にどう変なんだよ」

「二週間くらい前かなぁ、児童公園の近くであやせを見掛けて……」

「随分と前じゃねえか。――で、そんときの様子がおかしかったってわけか?」

32 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/04/22(日) 03:43:20.76 ID:8AxezA0Xo

二週間前といえば、あやせから俺に呼び出しのメールがあった頃と重なる。
惜しくもそのときは俺の方の都合がつかず、泣く泣く断りのメールを返した記憶がある。
桐乃も正確な日付は憶えてなくて、その日だったか今となってはわからねえけど。

「うん。……様子がっていうより、服装がね。
 京介は、変態丈って知ってる? あやせが変態丈の服を着ててさぁ、もうびっくりだよ」

俺には、この世に『変態丈』という言葉が存在すること自体がびっくりだぜ。
桐乃から説明を受けてようやくわかったけど、言葉だけ聞いたらキノコの一種かと思っちまう。
それはともかくとして……。
児童公園は俺があやせと会うときによく使っていた公園で、中学校近くにある小さな公園だ。
裏手には派出所があり、警戒心の強いあやせには打って付けの場所だった。

「なぁ、つまりこういうことか?
 あやせはそんな挑発的――じゃなくて、変わった格好で児童公園の近くに居たと……。
 それにしても、あいつの家から児童公園までって、結構な距離じゃねえか」

「公園のトイレで着替えたのかもしれない」

「何でわざわざ着替える必要があるんだよ?」

「一気に勝負に出て、誰かさんを誘惑するためかも」

「誰かって……聞くだけ野暮ってもんか」

「わかってるじゃん」


36 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/01(火) 15:51:06.76 ID:uODh40ylo

春先になると陽気のせいか、ときどきおかしなヤツも出て来るものだ。
あやせも公園でそんなエロい服なんか着てれば、ナンパ野郎の恰好の餌食じゃねえか。
まあ、逆にナンパ野郎がブチ殺されるのがオチかもしれねえけど。

「あやせって、ときたま思いも掛けない行動に出るからな」

「無理しなくてもいいって。本当は見たかったくせに。
 ……あたしがもしそういう服着たとしたら、やっぱ京介は見てみたい?」

女のエロい姿を男が見たがるのは当然のことだし、それが可愛い子だったら尚更のことだ。
しかし、桐乃がそんな服を着るとなったら、話は別に決まってるじゃねえか。
俺が目のやり場に困ることもあるけど、他の男の目に晒すことだけは断じて許さねえ。

「ふーん、わかった。……あたしには着て欲しくないってわけか」

「俺は何にも言ってねーだろうが」

ニヤニヤしやがって、俺の考えてることなんか、桐乃にはお見通しってことかよ。
まったく、いきなり変なこと聞いてくるから話が逸れちまったじゃねえか。

「話を戻して悪りぃんだけど、あやせはその後どうなったんだよ」

「あたしの顔見た途端、驚いた顔して走って逃げてった」

「逃げるくらいなら、初めっから着なきゃいいだろうに」

37 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/01(火) 15:55:28.84 ID:uODh40ylo

メールのやり取りを除けば、俺があやせと顔を合わせなくなってから随分と日が経っていた。
俺の家に沙織や黒猫も集まって、皆で卒業祝いをやったあの日が最後だ。

桐乃はあやせが勝負に出て来たと言うが、本当のところは当人に聞いてみなければわからない。
それと言うのも、俺にはあやせが本気で俺のことを好きになるとは到底思えないからだ。
卒業祝いのときだって、特にこれと言ってあやせに変わった様子など見られなかった。
もしかすると、単に俺が気付かなかっただけのことかもしれないが……。

「あたしさぁ、思ったんだけど……あやせ、焦ってるんじゃないかなぁ」

「焦るって、何に焦ることがあるんだよ」

「さっきも話したけど、高校を決めるときもお母さんとかなり揉めたって、あやせ言ってたし。
 最後はハンストまでして……」

「結局、あやせのお袋さんが根負けしたっつーか、認めざるを得なかったってわけか。
 ていうか、そのこととあやせが焦ることに何の関係があるっていうんだよ」

「まぁ、京介にあやせの気持ちなんて、きっと理解できないだろうけどね」

今日の桐乃には、いつもの桐乃らしさがまったく感じられない。
何かと含みのある物言いが気に掛かるし、笑ったかと思えば溜息交じりに顔を曇らせる。
あやせの気持ちよりも、俺にはむしろ桐乃が今何を考えているのかの方がよっぽど理解できない。

俺たちの間には、何となく気まずい雰囲気が漂っていた。
何か話さなきゃって思っても、桐乃の顔が話し掛けられるのを拒んでいるようにさえ見える。

38 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/01(火) 15:56:13.65 ID:uODh40ylo

桐乃は俺の腕からそっと手を離しカーディガンの袖を摘まむと、指先まで袖の中へと入れた。
この陽気だから寒いわけじゃないし、桐乃もどうして良いのかわからないらしい。

「なぁ桐乃、あやせは俺のことが好きなんだって、おまえはそう思ってるんだろ」

「……だって、そうとしか考えられないじゃん。
 京介にしたってあやせのこと、別に嫌いってわけでもないでしょ?」

「否定はしねえけど、俺とあやせが付き合うなんて有り得ないさ」

俺があやせのことを好きだっていうのは嘘じゃない。
あやせが俺の彼女になってくれたらなんて、本気で思っていた時期もあった。
しかし、黒猫が同じ高校へ入学して来た途端、俺の心が急速に黒猫へ傾いたのも事実。

黒猫から告白され、あやせのことなどすっかりと忘れて黒猫と付き合うような俺さ。
結局のところ黒猫には振られたけど、あやせから好かれる資格なんて、俺には微塵もないってわけ。

「だけど京介が好きになる女の子って、どれも黒髪ロングばっかだよね」

「あのなぁー、俺の好みなんかどうでもいいだろっての。
 それに俺が黒髪ロングが好きなわけは――っと、今のは無しだ、聞かなかったことにしてくれ。
 俺、ちょっとトイレ行ってくっから。ついでに何か飲物も買って来てやる」

桐乃が俺の腕を掴みかけたところを間一髪でかわし、俺は一目散にトイレに向かって走った。
背後で桐乃の罵声が聞こえて来ようが、取りあえずここは時間を稼がねえとな。

39 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/01(火) 15:59:36.75 ID:uODh40ylo

仕方なくトイレに駆け込んではみたものの、ここは桐乃が座っているベンチから丸見えじゃねえか。
おまけにすぐ近くには自販機まであるし、いつまでもここに籠もっているわけにもいくまい。
まさか桐乃を一人残して、俺だけ帰るわけにもいかねえし……。

トイレの入り口から桐乃の様子を窺うと、桐乃の目は完全にこのトイレにロックオンされていた。
俺が様子を窺っているのがわかったのか、ゆっくりと手招きまで始めやがった。
もうこうなったら覚悟を決めて、首を洗って出て行くしかねえ。

「思ったより早かったじゃん。人間、あきらめが肝心ってね」

「ほら、飲物も買って来てやったから」

「ありがと。えっと、それから……」

「どうせ、さっき俺が言い掛けたことが聞きたいって言うんだろ?
 別に隠してたわけじゃねえし話したっていいけど、その前に、俺もおまえに聞きたいことがある。
 入学式の前に髪の毛の色、戻すとか何とか言ってただろ、急にどうしてなんだ?」

「――そっ、それは、別に理由なんか……。
 あっ、ほら、最近のアイドルの子って、髪の毛染めてる子よりも黒いままの子の方が多いじゃん」

桐乃が嘘をついても、俺にはすぐわかる。
何しろ桐乃が嘘を言ってるときは目が泳いでるし、動揺しまくってるのが丸わかりじゃねえか。

「あーもう、わかったっての。何であたしから白状しなきゃなんないのよ。
 あやせも瑠璃も黒髪ロングだし……京介は、黒髪ロングの方が好きなのかなって思っただけ」


44 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/05(土) 23:30:53.65 ID:x7yyTIE9o

こうもはっきりと桐乃から言われちまったら、俺も話さないわけにはいかない。
俺の好みが黒髪ロングなのは確かだが、桐乃が思っているほどこだわっているわけでもない。
麻奈実にしても以前からショートカットなわけで、本人が気に入っているならそれが一番だ。
俺が黒髪ロングに惹かれる本当のわけは、もっと別のところにあるのさ。

「今日は自分のことを妹だと思わないでくれって、ここへ来る前に確かそう言ったよな。
 だとしたら、俺のことも今日は兄貴だと思わないってことでいいんだよな」

「ど、どうしたの、急にあらたまったりして」

「まぁいいじゃねえか。……ちょっと、確認したかっただけなんだから」

俺がふざけてるんじゃないとわかって、桐乃は怪訝な顔ながらも小さく頷いた。
桐乃の誘いに乗って何気に散歩に付き合ったものの、こんな展開になるとは思いもしなかった。
心の奥に隠しておいた秘密を、まさか俺の口から桐乃に話すことになるとはな。

「俺には妹が一人いたんだけど……」

「――ちょっと待ちなさいよ! 何だかその言い方、今はいないみたいに聞こえるじゃん」

「あのなー、俺だって話しづらいんだからそのくらいは我慢しろよ」

俺だって本人を目の前にして、そうも平然と話せるわけがねーだろうが。

「わ、わかった。……だけど、ちゃんと話しなさいよね」

45 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/05(土) 23:31:56.55 ID:x7yyTIE9o

俺が小学生だったときの話だ。桐乃は、確か一年生か二年生くらいだったと思う。
その頃、桐乃はまだ身長も低くて、風呂に入るときはいつもお袋と一緒に入っていた。
頭もお袋が洗ってやるんだが、風呂から上がって来た桐乃の髪の毛はいつもびしょ濡れ状態。
バスタオルで適当に拭いただけなのが明らかだった。

お袋が桐乃をパジャマに着替えさせると、桐乃はドライヤーとブラシを持って俺のところへやって来る。
俺が先に風呂から上がって、リビングで寛いでいるのを見計らってやって来るんだ。
兄貴の俺に、自分の髪の毛を乾かせと命令してるようなもんだよな。
俺がドライヤーとブラシを受け取ると、桐乃は当然のごとくリビングのソファーに腰掛ける。

俺はその頃、桐乃専属の小さな美容師さんみたいなものだった。
そうは言っても、俺が出来ることは髪の毛を乾かしてやって、あとは丁寧にとかしてやるくらいだが。
桐乃の髪は長くて乾かすのは大変だったけど、俺としては苦ではなかった。
大変だったのは、桐乃は髪をとかしてやっていると、いつの間にか眠っちまうことだった。

「もういい。……もうやめて、お願いだから」

「俺、何か気に障るようなこと言っちまったかな。
 子供の頃の話だし、話しても良いかなって思ったんだけど、気に障ったんならすまない」

「違うの、そうじゃないの。……これ以上京介の話聞いたら、あたし、泣くかもしんない」

俺は開きかけた口を思わず閉じた。
桐乃がカーディガンのポケットからハンカチを取り出すのが見えたんだ。
泣かすつもりなんかまったくなかったけど、話さなかった方が良かったのかもしれない。

46 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/05(土) 23:32:35.31 ID:x7yyTIE9o

俺の話を桐乃がどう受け取ったかわからないが、俺は黒髪ロングだから好きだというわけじゃない。
長い黒髪の女の子を見るたび、俺の目には幼かった頃の桐乃の姿が浮かんで来るんだ。

俺に髪をとかしてもらっていたときの桐乃の笑顔は、今も俺の心に鮮明に残っている。
あの頃にもう一度帰りたいと願ってみても無理なことだし、それは俺も十分にわかっている。
世間から見れば俺はもう大人の仲間入りで、桐乃も来月になれば高校生だ。

「何だか想い出話になっちまったみたいで……ごめんな」

「そんなことないって。あたしは、聞かせてもらって良かったと思ってる」

「そうか。だったらいいんだけど……」

普段の生活の中で、俺が桐乃との年の差を意識することはほとんどない。
いつだって桐乃は俺に上から目線で命令するし、俺もなぜだか桐乃の命令には従っちまう。
しかし、小学生の頃なら三つも年が離れているのは大きな開きだ。

桐乃は俺の言うことなら何でも信じて疑わなかったし、いつも俺の後を小さな体で追いかけて来た。
俺にとって桐乃は、ときには従順な家来であり、命を賭しても守るべき大切な宝物だった。

「……そうだ、あたしが京介の妹に代わって言ってもいいかな」

「おまえが、俺の妹に代わって何を言うつもりなんだよ」

「細かいことはいいじゃん。えーと……ずっと大切にしてくれて、ありがと」

47 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/05(土) 23:35:09.12 ID:x7yyTIE9o

俺の顔を見ながら嬉しそう顔して言うなっつーの。
妹を守るのが兄貴として当然の務めなら、妹の世話を焼くのも兄貴の重要な務めじゃねえか。
情けないが俺は、妹ゲーを地で行くような自他共に認めるシスコン兄貴なんだから。

「あたし、高校生になっても髪の毛の色は変えないことにした」

「俺の話を聞いたからか?」

「そういうわけじゃ……って……正直言ったらそうなんだけど。
 髪の毛の色を変えてみてもあの頃には戻れないわけだし、あたしは、ここにいるんだもん」

「今ここにいるおまえが、おまえのすべてってわけか」

家族だから当然のことだが、俺は桐乃が生まれたときからずっと桐乃と一緒にいる。
年の近い兄妹だから仲違いすることだってあるし、こんな妹ならいらねえやって思ったこともある。
それでも俺が桐乃のそばにいるのは、やっぱ、桐乃が大好きなんだろうな。

「京介の話してくれた想い出は、あたしにとっても大切な想い出なの。
 今のあたしが壊しちゃいけない。……どうしてかわかんないけど、そんな気がする」

俺と桐乃は、この先いつまで、そしていくつの想い出を共有することが出来るのだろう。
いや、どうなるかわからない未来を心配してみてもしょうがない。
今の桐乃が桐乃のすべてなら、今ここにいる俺が、俺のすべてだもんな。


51 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/12(土) 02:00:40.04 ID:r+5cwEM4o

「……黙ってるけど、何か考え事でもしてたの?」

「ちょっとな。おまえこそ、さっきからずっと何か見てたみたいだったけど……。
 トイレに行きたいなら行きたいって、はっきり言ったらどうよ」

「わかってんなら聞かなくたっていいじゃん。京介も……付いて来てよ」

「夜中のトイレじゃあるまいし、一人で行けねーのかよ」

「だって、公園のトイレって何だか怖いし、付いて来てくれたって別にいいじゃん」

「俺は外で待ってていいんだろーな」

「あ、あ、当たり前じゃん! 中まで入って来たらぶっ殺すかんね!」

お姫様が御用を足している間、俺は門前で控える下男のごとくトイレの前に立っていた。
桐乃が言うには、こういうとき男は、気を利かせて自分から率先してトイレに行くもんなんだとさ。
そうすれば、ついでにあたしも行っておこうかしら、ってことになるらしい。
知るかそんなこと!

「……お待たせ」

「ちゃんと手は洗ったのか?」

「死にたいの?」

52 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/12(土) 02:01:31.60 ID:r+5cwEM4o

手を洗ったかどうか聞いただけで、何で死ななくちゃなんねーんだよ。
桐乃といいあやせといい、なぜそうも簡単に俺を殺したがるのか、一度じっくりと聞いてみたいもんだ。

「ちげーよ! ほら、あそこに屋台が見えるだろ。
 さっき俺がトイレに来たときは気付かなかったんだけど、おまえ、たこ焼き好きだったよな」

「買ってくれるの!? でも、今食べちゃうと……ご飯が……」

「一パック買って、俺と半分っこすりゃあいいじゃねーか」

「――そっか、二人で半分っこならいいかも」

たこ焼きの屋台では、人生を踏み外したようなオッサンが退屈そうな顔で客を待っていた。
やっちまったかと思わず桐乃の顔を見たら、意外にも桐乃は嬉しそうな笑みを満面に浮かべている。
ベンチに戻って早速一口食ってみると、外はカリッと、中はトロッと、俺の予想は見事に外れた。

「うん。やっぱ、あたしの思った通りだった」

「あの屋台のたこ焼きが美味いって、わかってたのか?」

「あたし、たこ焼きを焼いてる人を見ただけで何となくおいしいかどうかわかるの。
 さっきのオジサンみたいな、パッと見ダメダメ人間がお勧め、今までハズレたことないもん」

桐乃が力説する美味いたこ焼き屋の見分け方はともかく、確かにこのたこ焼きは美味かった。
中に入ったタコの大きさも申し分ないし、絶妙な焼き加減に至っては職人技だ。

53 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/12(土) 02:02:27.82 ID:r+5cwEM4o

俺が一つ目のたこ焼きを食っている間に、桐乃は既に二つ目を食い終わっていた。
そして、三つ目のたこ焼きに爪楊枝を突き刺しながら桐乃が言った。

「ねぇ京介、大学なんか行くのやめて、たこ焼き屋さんになるってのはどう?」

「俺がたこ焼き屋ねぇ……。おまえが毎日たこ焼きを食えるようにか? それもタダでな。
 ざけたこと言ってんじゃねーよ」

「京介が作ったたこ焼きなら、絶対においしいと思ったんだけど、やっぱダメ?」

「……取りあえず、大学を出てから考える」

俺が四月から通う大学は、幸いにも自宅から電車で通える場所にある。
大学に受かる前は、大学生になったら家を出て、俺もついに独り暮しデビューかと思ったんだがな。
結局、俺は諸般の事情により、自宅から通学することを選んだ。

一方、桐乃が通う高校は、今さら言うまでもないが俺の母校だ。
つい先日、俺が桐乃の部屋へ入ると、高校の制服のブレザーとスカートが誇らしげに掛けてあった。
長年見慣れた制服でも桐乃が着ると思うと、俺の目にはなぜか新鮮に映る。

「それにしても、おまえが来月には高校生かと思うと、何だか不思議っつーか、妙な気分だな。
 さっきの話じゃねえけど、よくもまあここまで育ったもんだよ」

「なーんか、年寄りくさいっつーか、まるで親戚の叔父さんみたいじゃん。
 このソースとマヨネーズが混じったような香りは、もしかして京介の加齢臭だったりして。
 ……ちょっと、確かめてもいい?」

54 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/12(土) 02:03:15.50 ID:r+5cwEM4o

左手にたこ焼きのパック、右手にたこ焼きの刺さった爪楊枝を持っている俺は隙だらけだった。
俺の両手が塞がっているのを見て、桐乃は鼻をクンクンさせながら顔を近付けて来る。

「――本当に嗅いでんじゃねーよ!」

「ばーか、冗談に決まってんじゃん」

「ふざけてねーで、とっとと食えよ! 俺はもういいから、残りはおまえにやっから」

「ふん、そう言うと思った」

俺の分だったたこ焼きに爪楊枝を突き刺し、満足そうな笑みを浮かべる桐乃。
たこ焼き一つで笑顔になるなら、俺がわざわざたこ焼き職人にならなくたっていつだって買ってやるさ。

大学の四年間という貴重な時間をフルに使って、俺は将来の進むべき道を決めなくちゃならない。
そして、同じくらいの時間を掛けても解決しないといけない課題がもう一つ。
もしかしたら、こっちの方が大問題かもしれないけど。

「ねぇ、京介は車の免許はいつ取るの? 夏休みまでには取れそう?」

「まぁそのつもりだけど。
 駅の近くに教習所あるの知ってるか? あそこなら、大学の帰りでも寄れると思うし」

「免許が取れたら、一番初めに誰を乗せるの? もしかして……麻奈実さん?」

桐乃はいつの頃からか、麻奈実のことを地味子とは呼ばずに「麻奈実さん」と呼ぶようになっていた。
以前、俺がそのことを桐乃に尋ねたときも、桐乃は笑うだけで教えてはくれなかったが……。

55 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/12(土) 02:04:21.30 ID:r+5cwEM4o

桐乃が一番に麻奈実の名を口にした理由は、俺にもわかる気がする。
もう俺が黒猫と二人きりで会うこともなくなったし、会うときにはいつも俺の横に桐乃がいた。
黒猫に振られて半年が過ぎたが、俺を振った黒猫の本心は未だに俺にはわからない。

黒猫が俺と同じ高校に入学して来て間もない頃、俺はいそいそと黒猫の世話を焼いていた。
桐乃が突然アメリカへ留学しちまったことで、俺が寂しかったのは事実かもしれない。
あのときの「わたしは、あなたの妹の代用品じゃない」という黒猫の台詞が、今になって頭をもたげる。

「俺が免許を取ったら、一番初めに乗せたいヤツはもう決まってんだ。
 じらしてもしょうがねえから言っちまうけど、俺は、一番最初におまえを乗せたい」

「あ、あたしでいいの?」

「免許取ったばっかで他人様を乗せて事故ったら、笑い話にもなんねーだろ。
 その点、おまえなら――」

「ぶっ殺す!」

「……本当は、おまえと一緒に行きたい所、つーか見せてやりたい景色があんだよ」

桐乃はたこ焼きを刺した爪楊枝を持ったまま、俺のとなりで絶句していた。
俺がまさかそんな背筋が凍り付く台詞を吐くとは、桐乃も思ってなかっただろうから無理もない。
だがそれは、免許が取れたらそうしようと、ずっと前から俺が心に決めていたことだ。

56 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/12(土) 02:05:05.07 ID:r+5cwEM4o

免許を取ったら助手席には一番最初に誰を乗せるか、男なら誰でも悩むことかもしれない。
俺には、桐乃しか思い浮かばなかった。
兄貴として格好良いところを見せてやりたいし、何よりも桐乃の喜ぶ顔が見たかった。

桐乃は俺がどこへ連れて行きたいのか知りたいようだが、それを言うわけにはいかない。
知っちまったらせっかくのサプライズが台無しだ。

「あ、でもやっぱ、一番最初はお父さんを乗せてあげて」

「おまえが一番じゃなくてもいいのか?」

「うん。……京介があたしに見せたいっていう景色、どうしても見てみたいの。
 だから最初は、っていうか免許取ったら当分の間はお父さんに横に乗ってもらって」

「要は、俺にもっと練習しとけってことだな」

「そこまでは言ってないけど、まあ似たようなもんかな。
 ねぇ、どこへ連れてってくれるかは聞かないけど、近いとか遠いとかくらいは聞いてもいい?」

「県内じゃないことは確かだ。俺としては、向こうで一泊くらいしてもいいかって思ってる」

「あ、ああああたし、お母さんには陸上部の合宿だって嘘つくから大丈夫」

「ばーか、親父とお袋には、俺からちゃんと説明してやるから桐乃は心配すんなって」


61 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/20(日) 22:58:40.86 ID:Hzwjh5S7o

正直なところ、桐乃がこんなにも喜んでくれるとは思っていなかった。
しかし心配するなとは言ったものの、お袋をどうやって説得するか、まったく策が浮かんでこない。
親父の職業柄、家族旅行なんか滅多になかったわけだし、お袋もそのへんは目をつぶって欲しいもんだ。
どっちにしろ俺の横で今もはしゃいでいる桐乃を見ていると、もう後には引けない。

「なぁ桐乃、夏なんてあっという間に来るから、待っててくれな」

「……うん。それまで、あたしも何とか頑張ってみるから」

十五年と数ヶ月――俺は、ずっと桐乃の兄貴をやってきたわけだ。
本人は憶えていないだろうが、ズボラなお袋に代わって桐乃のオムツを換えてやったのは俺だ。
保育園のころ麻疹(はしか)に罹ったときも、俺は泣きながら一晩中桐乃を看病した。
そんな俺が、気づかないわけがない。

「やっぱ、何か心配事でもあるんじゃねーのか?」

「何でそう思うの?」

「何でって聞かれても……俺がそう思ったからっていうんじゃ、理由にはならねえのか?」

「もう少し、気の利いた理由くらい考えてよ」

「……じゃあ、俺がおまえのことをずっと見てたから、って言うのはどうだ?」

「さっきよかマシかも」

62 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/20(日) 22:59:17.96 ID:Hzwjh5S7o

今日は何かあるんじゃねえかと、俺は桐乃から散歩に誘われたときから薄々感じてはいた。
服装からしていつもの桐乃らしくないし、このままで済むなんて思っちゃいなかったさ。

「話してみろよ。俺も聞いてみねーことには何とも言えねえし」

「……あやせ、知ってたんだね」

「知ってたって、何を?」

「あたしの好きなアニメとかエロゲーとかが、京介のせいじゃないってこと」

「あやせがそう言ったのか?」

「そうじゃないけど、最近のあやせを見てれば何となくわかるもん」

俺はオタク趣味を頭から否定する気もなければ、そういった連中を馬鹿にするつもりもない。
桐乃がその手のアニメやゲームに嵌まっていると知ったときはさすがに引いたが、今ではもうすっかりと慣れた。
何よりも沙織や黒猫とめぐり会えたのだって、言ってみれば桐乃のオタク趣味のお蔭だ。

しかし、あやせのような生真面目なヤツが、世間一般のオタクを毛嫌いする気持ちは俺にもわかる。
あやせにしてみれば、大の親友の趣味が美少女アニメとエロゲーじゃ悲しすぎるよな。

「おまえの趣味が俺のせいじゃないってあやせに知れると、何か困ることでもあるのか?」

「別に困るわけじゃないけど……。
 京介にオタク趣味がなくて、あやせ的には良かったんだろうなーと思ってね」

63 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/20(日) 22:59:51.47 ID:Hzwjh5S7o

何とも歯切れの悪い言い方をする桐乃。
俺にオタク趣味がないとあやせが知っていることは、あのときのあやせのメールで俺も気付いていた。
桐乃とあやせの仲を思えばこそ、俺も敢えてそのことは伏せていたんだが……。

「あやせもあたしのことを思って言い出せなかったんだと思う。
 ……でもそうなると、あやせとしては全力で京介にアタックできるわけじゃん」

「俺には、おまえの言ってる意味が良くわからんのだが……」

「あやせって、兄妹とか姉妹がいるのに憧れてるみたいなんだよね。
 加奈子や瑠璃にはお姉さんとか妹がいるし、麻奈実さんにはあたしと同い年の弟がいるでしょ。
 学校でも自分の兄妹とかの話が出ると、あやせ、いつも寂しそうに笑ってたもん」

「じゃあ、あやせは俺みたいな兄貴が欲しいと思ってるわけか?」

「初めの頃は、多分そう思ってたんじゃないかと思う。
 だけど、それが段々とエスカレートしてきて、いつの間にか恋に変わったみたいな……」

「おまえは、あやせが俺に恋してるんじゃねえか、って言いたいわけか?」

「逆に京介に聞くけど、もしあやせから告白されたらどうする?」

あやせほどの美人から告白されて断る男が、はたしてこの世にいるだろうか。
しかし、もし俺が付き合うと言ってしまうと、即ちそれは桐乃との約束を反故にすることを意味する。
桐乃は初めから俺が返答に詰まるとわかっていながら、わざと聞いてきたのかもしれない。
さあ、どうするよ俺。

71 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/29(火) 01:40:32.81 ID:RmyTRBHwo

もし俺があやせの告白を断ったとしたら、あいつはどんな反応を示すだろう。
俺は罵倒されても殴られても仕方がないが、それよりも、あやせに泣かれでもしたら……。
あやせの涙に抗うすべなど俺が持っているわけがない。

「どうしたの? あたし、まだ答えを聞いてないんですケド」

「そう急かすなっつーの。俺だってそう簡単に答えられる問題じゃねえんだから」

「……わかってる。初めっからあたしも無理に聞こうとは思ってなかったし」

「初めっからって、どういう意味だよ」

「女の子から告白するってどんだけ勇気がいるか、京介はわかってるんでしょ?」

桐乃のヤツ、俺を試しやがったな。
俺はあやせが男から振られる場面を想像しただけで、可哀想で切なくて今にも涙が出そうだ。
その悪魔のような男が、もしかすると俺かもしれないんだから救いようがない。

「おまえがそこまで言うなら俺だってちゃんと答えてやる」

「マジに答えるつもり!? あ、あたしは別に聞かなくてもいいんですケド」

今更そんなこと言っても遅せえんだよ。

「俺が、もし、あやせから告白されたら……」

俺がもったいぶって話し始めると、桐乃は慌てた様子で両手で耳を押さえた。

72 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/29(火) 01:41:18.51 ID:RmyTRBHwo

俺と桐乃の間には、相変わらずと緩やかな時間(とき)が流れている。
桐乃は俺がそれ以上言わないとわかって、何事もなかったような顔で桜の木を見上げた。

公園に着いた昼時と比べて、園内の桜がまた少し開いたような気がする。
それだけ俺たちがここに長くいるってわけだが、たまにはこんな日があっても良いもんだ。

「ねぇ、もしあやせが京介に告白するとしたら、どんな感じでするのかなぁ」

「今度は何なんだよ」

「だからー、あやせだったらどんな風に告白するのかなって」

「まぁ、あやせのことだから、メールでいきなり俺を呼び出すんだろうな。
 それで俺の顔を見た途端に説教が始まって、その後ようやく告白タイムって感じじゃね」

「あーあ、今度あやせに会ったら言っといてあげる」

桐乃は心配らしいが、あやせが俺に告白することはないと俺は思っている。
誰よりも桐乃のことが好きなあやせのことだ、桐乃が悲しむような真似を決してするわけがない。
確信があるわけでもないが、俺はそんな気がする。

「京介って、なぜかあやせには頭が上がんないんだよね」

「俺が頭の上がる女なんて、この世にいるかっての」

73 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/29(火) 01:41:50.10 ID:RmyTRBHwo

こんな馬鹿なことを言って笑えるのは、俺と桐乃が元々仲の良い兄妹だからだろう。
たとえ一度や二度疎遠になったとしても、切っ掛けさえあれば仲の良かった頃の俺たちに戻れる。
しかし、ときには兄妹であることが、自分自身の心から目を背けさせてしまうのかもしれない。
横で楽しそうに口を尖らせている桐乃を見ていたら、なぜか俺はそんな気がした。

「まだ何かあるのか?」

「ねぇ、もしあやせが京介の妹だったら……どうかなぁ」

「俺はとっくの昔にブチ殺されて、もうこの世にはいねえよ」

「もう! まじめに答えなさいよね。
 まあでも京介のことだから、いっつもあやせに怒られてんだろうけどね」

俺があやせに怒られるのはいつものことだが、それ以上に桐乃には怒られている。
その上いつでもどこでも俺をこき使いやがって、これじゃどっちが年上なんだかわからねえ。
そういや、今日は俺は桐乃の兄貴じゃないし、桐乃も俺の妹じゃないんだったな。

「なぁ桐乃、俺もおまえに質問していいか?」

「どんなこと?」

「もし俺があやせの兄貴なら、おまえは俺のことを好きになったか?」

「それはない」

「何で即答なんだよ!」

74 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/29(火) 01:44:28.92 ID:RmyTRBHwo

「あやせが京介の妹なら、あたしと京介が出会うチャンスなんてないかもよ」

「何でだよ。おまえだって、あやせの家に遊びに行くことだってあるんだろ?
 そんなとき、偶然に俺と会うかもしんねーじゃん」

「残念でした。あやせなら、自分だけの『お兄さん』でいて欲しいとか思うんじゃない?
 中には物好きなのもいるかもしれないし、もし見付かって取られでもしたら何だかヤじゃん。
 だから見付からないように、どっかに隠しておいたりして」

俺はいつから世界の珍獣と同じ扱いになってるんだよ。
しかし最近のあやせの様子だと、桐乃の言ったこともあながち的外れとは言えないかもしれない。
あやせなら俺に手錠を掛けて、普段は自分のベッドに括り付けておくくらいお手のものだ。
トイレへ行くときには俺の腰にロープを巻いて、あやせがずっと監視……。

「ねえ、もしかして、すっごく馬鹿なこととか想像してない?」

「してねーよ! あやせだって、トイレくらい自由に行かせて――」

「ふーん、やっぱ想像してたんだ」

俺と桐乃の会話をもしあやせが聞いていたら、俺たちに明日はねえだろうな。
まあ、あやせを肴にこれだけ話が盛り上がるのも、俺も桐乃もそれだけあやせが大好きだって証さ。
今さら言ったところで、何のフォローにもなってねえか……。

75 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/05/29(火) 01:44:59.78 ID:RmyTRBHwo

「なぁ桐乃、そんなことよりも俺、気になってることがあんだけど。
 高校生になったらモデルの仕事やめるって、本気なのか? あやせは続けるんだろ?」

「なーんだ、何かと思ったらその話? 多分、あやせは続けるんじゃないのかなぁ」

「いや、あやせが続けるかどうかじゃなくて、おまえがやめるって話だよ」

「あたし、前からモデルの仕事は中学を卒業するまでって決めてたの。
 お母さんには以前から言ってあるし、高校生になったらやりたいこともあるしね」

「おまえが自分で決めたんなら、俺が別にどうこう言う筋合いでもねえけど……。
 それにしても、高校生になったらやりたいことって何よ?」

「上手く説明できないんだけど……強いて言うなら、本当のあたしを見付けることかな」

「自分探しの旅にでも出るのか?」

「ふん、京介はあたしが冗談で言ってると思ってんでしょ」

俺は高校へ入学するまで、高校なんて所詮は中学の延長くらいにしか思っていなかった。
同じ親から生まれた兄妹でも、桐乃は俺なんかと比べてずっと自分自身のことを見つめている。
俺をからかうように笑っている桐乃を見て、桐乃は本気なんだとそのとき確信した。

「あっ、そうだ、あたし京介に大事なこと言うの忘れてた。
 昨日の夜なんだけど瑠璃からメールがあってね……今年の夏コミはどうする? って。
 抽選の結果がわかるのはまだ先らしいんだけど」

「そっか……あいつ、申し込んでたのか」


88 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/06/24(日) 00:31:51.56 ID:hRdNFJ21o

もし今年の夏コミにサークル参加が決まれば、俺にとっては一年ぶりの参加となる。
去年の冬コミは抽選に外れて、俺たちはサークル参加が叶わなかったからだ。
当日は一般参加という手もあったが、俺だけは受験勉強を理由にして誘いを断っていた。

「――で、京介はどうするつもり?」

「冬コミのときは参加出来なかったし、今度はいいんじゃねえか」

「参加するってことでいい?」

「まあな、俺としては複雑な気持ちがねえわけじゃねーけど」

去年の夏コミを思い起こすとそれ自体は楽しかった。しかし、それ以降がいけない。
桐乃はあまり気に留めていないようだが、俺はあのときのことを思い出さずにはいられない。

夏コミの打ち上げ当日、俺と黒猫が家の玄関先で交わした会話が切っ掛けだったんだろう。
それを桐乃が偶然にもドア越しに聞いてしまい、その後の偽彼氏事件を惹き起こしたと俺は思っている。
確信しているわけじゃないが、桐乃が俺にどういった感情を持っているか俺も薄々は気付いていた。
世間から見れば、そんなこと到底受け入れられるようなもんじゃないってこともな。

「京介はイラストも描けないし小説も無理だろうし……またコスプレ?」

「いや、あれは遠慮しとくよ。……今回は、おまえらの手伝いくらいしか出来ないかもな」

「ふーん。実は、瑠璃からのメールにはまだ続きがあってね……」

「まさか俺に漆黒のコスプレさせて、またグラビアやりたいとか言うんじゃねーだろうな」

89 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/06/24(日) 00:32:23.43 ID:hRdNFJ21o

「そんなこと言ったって、京介ができることなんてコスプレくらいしかないじゃん。
 もしサークル参加が決まったら、やっぱ自分の作品を出してみたいとか思わない?」

「作品の内容にもよるじゃねえか。イラストや短編小説ならまだしも、俺のはコスプレだもんな」

「瑠璃はまたどうせ真っ黒だろうから、あたしは真っ白で勝負しようかと思ってるんだけど」

「思ってるんだけどって、おまえまでグラビアやるつもりじゃねーだろうな」

「衣装はあたしが全部用意するし、撮影は京介にも協力してもらうからそのつもりでいてね。
 言っとくけどこれは決定事項だから、じゃあこの話はここまでってことで」

桐乃は顔を真っ赤に染めながら一気に捲くし立てた。
この鼻息の荒さからして、桐乃が言う真っ白な衣装がどんなものかなんて考えるまでもない。
時代劇なんかで親の仇討ちの際に着る死装束じゃないことだけは確かだ。
黒猫に対抗心を燃やす気持ちもわかるが、コミケと一体どんな関係があるって言うんだよ。

そうは言っても、いつかは桐乃も純白の衣装に身を包む日がやって来る。
俺はそのとき一体どこにいるのだろうか。
今日のように桐乃のとなりに座っているのか、それとも家族席から呆然と桐乃の姿を眺めて……。

「どうしたの? 何だか泣きそうな顔してるけど」

「何でもねえよ。……それにしても、何だか凄ぇー乗り気じゃん」

「そういうわけじゃないんだけど……。
 だけど瑠璃が夏コミに申し込んだっていうことは、あたしも中途半端なことはしたくないし」

90 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/06/24(日) 00:33:28.33 ID:hRdNFJ21o

桐乃や黒猫のような連中がコミケに賭ける情熱はハンパじゃない。
その情熱をもっと他の事に向けろよとも思うが、あの雰囲気を味わってしまうと俺も人のことは言えない。
しかし、黒猫が夏コミに申し込んだというだけで、そこまで桐乃が乗り気になる理由がわからん。

「なぁ、そんなに夏コミを楽しみにしてたのか?」

「楽しみって言えばそうだけど、それよりも瑠璃が夏コミに申し込んだっていう方が重要なんじゃん」

「そこのところが俺にはわかんねーんだよ。
 冬コミは抽選に外れちまったけど、夏コミだってまだ当たるかどうかわかんねーわけだし」

「わかってないのは京介だけかも。
 去年の冬コミ、瑠璃は抽選に外れたって言ったけど、京介はそれを信じたの?」

「俺はおまえからそう聞いただけだし、信じたのかってどういう意味だよ」

「初めっから冬コミには申し込んでなかったとは思わなかった?」

「余計に意味がわかんねーよ」

「あのね京介、冬コミのサークル参加の申し込みっていつまでだか知ってる?
 夏コミが開催される前日から受付が始まって、夏コミ終了の三日後が申し込みの期限なんだって。
 あたしも何となく気になってネットで調べたんだよね」

俺にも桐乃が言わんとしていることがわかってきた。
あのとき黒猫が何を思い、何を考えていたのかは俺にはわからない。
しかし、冬コミには初めから申し込んでいなかったという桐乃の言葉を否定することも出来ない。
そうなると、黒猫が今年の夏コミに申し込んだということには、何か特別な理由でもあるのか。

91 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/06/24(日) 00:34:21.31 ID:hRdNFJ21o

「あたし、瑠璃が京介のことを好きだって言ったとき、本当に応援してあげようと思ったんだ。
 瑠璃の言葉に嘘はなかったし、人見知りの激しい瑠璃がそこまで京介のことを想っているならって。
 なのに一気に咲いてあっという間に散るなんて、桜かっつーの」

「あいつにもそれなりの事情ってもんがあったんだろ。
 ほら、親父さんの新しい勤め先が見つかって引越さなきゃならなかったし……」

「松戸なんて、転校しなくたって電車で十分通える場所だっつーの」

言われてみれば通えない距離でもねえ。
俺のときもクラスは違ったが、もっと遠くから通っていたヤツもいたっけか。
県外に引越したというならまだしも、確かに転校までするのは行き過ぎかもしれない。

黒猫は俺のことが好きだと言ってくれたし、俺も黒猫のことが好きだった。
それとも、あいつは口で言うほどには俺のことを好きじゃなかったということなのか。

「京介は勘違いしてるかもしれないけど、瑠璃は京介のこと、本当に好きなんだと思う」

「だったら何で転校までしたんだよ。
 瀬菜とかゲー研の仲間とか、苦労して恥も掻いてやっと出来た友だちまで捨てて……」

「そこまでして瑠璃が京介と別れた理由がわからないって言うんでしょ?」

「まあな、俺にはさっぱりわかんねーよ」

「きっと、あたしのことが許せなかったんだと思う。
 だけど瑠璃がそう来るなら、あたしだって遠慮も妥協もしない。全力で瑠璃を叩きのめす!」

桐乃が手に持っているのがペットボトルで良かった。
もしもアルミ缶だったら、今頃はペコッと音がして潰れていたはずだ。


98 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:05:17.04 ID:uYhwQJMKo

ペットボトルを締め上げようがベンチに叩きつけようが無駄なことだ。
どうやらペットボトルを黒猫に見立てているようだが、ペットボトルがそう簡単に潰れるはずがない。
黒猫を叩きのめすとか口では言っても、桐乃の行動にはどこか子供っぽいところがある。

「ねえ、あたしたちが瑠璃に初めて会った日のこと憶えてる?」

「沙織が開いたオフ会のときのことか?」

「そう、あの日、あたしと瑠璃だけが浮きまくっちゃってさ……」

「オフ会なんて初めてだったんだから仕方ねえよ」

「そうなんだけどさぁ……」

オタクを自称する他の参加者にしてみたら、あの日の桐乃は場違いな存在でしかなかった。
いつも自信に溢れた桐乃が、そのときばかりは不安と焦りの表情を浮かべていたのは明らかだった。
俺だって出来ることならすぐにでも席を立って、桐乃の腕を掴んで帰りたかったくらいだ。

「あたし、それまで京介以外に誰かとアニメやゲームの話なんかしたことなかったし……。
 こっちから話し掛けても全然相手にされなくってさ、今思い出しても腹が立つったらありゃしない」

あれから二年近く経った今でも、あのとき味わった悔しさは忘れていないようだ。
桐乃は、手に持ったペットボトルを無言でペコペコと潰しにかかる。
この様子だと、あのとき一緒にオフ会に参加していた連中を思い浮かべているに違いない。
もし、沙織がオフ会の後で俺たちを呼び止めてくれなかったらと思うと……。
俺はこの先もずっと、沙織には頭が上がらない。

99 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:05:54.05 ID:uYhwQJMKo

「黒猫の話はどこ行っちまったんだよ」

「あ、そうか。瑠璃はあのとき向かい側の席で、あたしとは一番離れたとこに座ってたかな。
 無表情で一言もしゃべんないし、ハブられてたあたしが言うのも変なんだけど……
 何でこんな子がオフ会にわざわざ来たんだろうって思ったんだよね」

「黒猫もオフ会なんて初めてだったんじゃねえのか?」

「そうかなぁ……。だけど、瑠璃ってゲーム大会とかじゃ結構有名みたいじゃん。
 オフ会だって初めてじゃなかったかもよ」

「すまんが、おまえが何を言いたいのか、俺にはイマイチわかんねーんだけど」

「あたしもどう伝えていいのかわかんないんだからお互い様だって」

「それじゃあ会話になってねーよ」

俺は黒猫が普段から無表情なのも、人見知りが激しくて友だちがなかなか出来ないのも知っている。
それが黒猫の性格だと言ってしまえばそれまでなんだが……。
いや、もしかしたら桐乃が言うように、黒猫はこれまでにもオフ会に参加したことがあるのかもしれない。
あいつだって自分の性格はよくわかっているはずだ。
だから、いつの日か、自分のことをわかってくれる真の友だちが見つかると信じて……。

「あたし、心のどっかで瑠璃にめぐり会えるのを待ってたような気がする。
 何だか笑っちゃう話だけど、もしかしたら、瑠璃もそう思ってくれてるんじゃないかな」

「おまえと黒猫が出会ったのは運命だったとでも?」

100 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:06:33.90 ID:uYhwQJMKo

頭上の桜を見上げて、しばらく思案に耽る桐乃。
桐乃と黒猫が出会った頃のことを思えば、つい時の流れを感じてしまう。
当時、二人が顔を合わせると、どんな些細なことであれ必ずと言っていいほど口喧嘩が始まった。
それはもう二人にとっては、日常の挨拶代わりみたいなもんさ。

「運命とか、そこまで大袈裟じゃないんだけど……かと言って、偶然でもない気がする」

「なぁ桐乃、何だかんだ言いながら黒猫のこと好きだろ」

「まあね、本人には絶対言ってやんないけど」

「そんなことだろうと思ったよ」

「だって悔しいじゃん」

「おまえが黒猫を好きなのはわかったから、俺が振られたわけを教えてくれねえか。
 さっきの話じゃ、黒猫はおまえのことが許せなかったってことだけど……」

「ねえ、リアが日本に来た日のこと憶えてる?」

「――ちょっと待ってくれ。俺が黒猫に振られたことと関係でもあるのか?」

「京介は昔っから鈍いし、ストレートに説明してあげないとわかんないんだよね。
 でもそれはあたしにも関係してくることだから、あたしの口からは敢えて言いたくないの。
 その代わり京介には、あの日のリアの気持ちになって考えて欲しいの」

101 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:08:00.33 ID:uYhwQJMKo

リア・ハグリィ――桐乃曰く、『世界一足の速い小学生』ってことだ。
いや、今年あたりはもう中学生だったかもしれん。まあ、それはどうでもいいことだが。
桐乃がアメリカ留学をしていた当時のルームメイトであり、一度だけだが唯一勝てた相手でもある。

「リアにとっちゃ、一度でもおまえに負けたことがよっぽど悔しかったんじゃねえのか?」

「そんなことはわかってる。
 あたしだって陸上やってんだから、他の人に負けるのがどんなに悔しいかなんて」

「それじゃあ、他にどんな気持ちがあるって言うんだよ」

「さっき京介に、あの日のリアの気持ちになって考えてみてって言ったよね?
 三人で秋葉原へ行って、その帰りにあたしとリアが校庭で決着を付けたときのことを思い出して」

俺は目を瞑り、あの日の出来事を思い浮かべた。
スタートはほぼ同時だった。しかし、持って生まれた才能なのか、瞬く間にリアの加速が始まる。
桐乃も全力でリアの背中を追ったが、次第にその間隔が広がって行く。

俺は思わず我を忘れて桐乃に声援を送る。一瞬、桐乃が加速したかに見えた。
真剣勝負の迫力に圧倒されながらも、俺はあらん限りの声を振り絞って桐乃にエールを送り続ける。
すると、俺のエールが届いたかのように、桐乃の加速がさらに強まった。

しかし、奇跡は起きなかった。
手を伸ばせばリアの背中に届きそうなほど桐乃が追い上げたときには、そこがゴールだった。
日本にわざわざ来てまでリベンジを果たしたリアは、当然のごとく桐乃をからかい全身で喜びを表した。
桐乃も負けじとリアを口汚く罵ったが、その顔はとても晴れやかだった。

102 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:08:43.66 ID:uYhwQJMKo

「リアって、おまえに対してはまったく容赦しなかったもんな」

「それが世界でも通用するリアの凄いとこなのかも。
 ねえ、もしあのとき、あたしが全力で走らなかったり、途中でリタイアしちゃったらどうしてたかなぁ」

「リアは、おまえと正々堂々と勝負するためにわざわざ日本までやって来たんだろ。
 俺の目からもリアは真剣だったし、おまえが手を抜いて勝負を避けたら、やっぱ怒ったんじゃねえの」

「だよね。あたしがリアだったら、きっと激怒したと思うもん。
 ――ざっけんな! あたしは、あんたをライバルだと認めてたのに! ってね」

「俺もだな。――ふざけんじゃねーよ、俺のことをバカにすんな! ってな」

「そうそう、京介もようやくわかってきたじゃん」

「わからないでどーするよ。
 おまえもそうだけど、リアだってずっと陸上と真剣に向き合って来たんだろ?
 それだったら尚更じゃねーか。ライバルだと思ってヤツが、決着がつく前に勝負を捨てたら頭に来るさ」

「うんうん、そこまでわかってれば、瑠璃が京介と別れた理由もわかるんじゃない?」

「……今の話と黒猫に何か関係があったのか?」

「あのね、今ここであたしが関係ない話をしてどーすんのよ!
 まあいいや、あたし、お手洗い行って来るから……京介は、自販機まで行って飲物買って来て。
 午後ティーのレモンティーだからね」

俺は浮かない顔を装い、桐乃から空になったペットボトルを受け取るとベンチから立ち上がった。
桐乃が何でリアの話を持ち出したか、いくらなんでも俺だって話の途中で気付くってもんさ。
気付かない振りをしたのは、俺自身が勝負を避けている負い目かもしれない。

103 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:09:45.81 ID:uYhwQJMKo

飲物を買って俺がベンチへ戻ると、先に戻っていた桐乃は腕を組んで考え事でもしている様子だった。
いつもの派手な服装と違って、地味な服を着た桐乃は何か新鮮で無性に可愛く見える。
俺が元々地味好きなのかもしれんが、自分の妹がこういう服を着てくれると何だか安心しちまう。

「――何? 突っ立ってないでとっとと座んなさいよ」

「いや別に……。何か考え事でもしてたのか?」

「瑠璃が突然別れたことで、京介が瑠璃のこと誤解してるんじゃないかと思ってね。
 もしそうなら誤解を解いておいてあげないと、あたしを本気にしてくれた瑠璃に申し訳なくて……」

「俺が、黒猫のことを誤解してるって言うのか?」

桐乃は、俺が手渡したペットボトルのキャップを開けるでもなく、両手で挟んで弄んでいた。

「……あたし、今度こそ瑠璃とは正々堂々と勝負したいの。
 もう逃げたり、いい子ぶって自分を誤魔化したりするのはイヤなの」

勝負しなきゃいけないのは桐乃ではなくて、俺自身だってことくらいわかってるさ。
俺の場合、勝負というよりも決断と言った方が正しいのかもしれんがな。

「京介と瑠璃が付き合い始めたのって、夏休みに瑠璃から告白されたのが切っ掛けだったよね。
 瑠璃から告白されたのって、本当にそのときが初めてだったの?」

「そりゃあ、前にも一度、いや二度か……冗談っぽく、『好きよ』って言われたことなら……。
 二度目のときはおまえだって聞いてたじゃねーか、夏コミの打ち上げのときだよ。
 あんな感じで……」

104 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/06(金) 20:11:39.13 ID:uYhwQJMKo

「あんなのが告白のうちに入るわけないじゃん。
 あんなもんでいいなら、あたしが毎日だって言ってあげ――そうじゃなくって!
 もっとこう……今にも死んじゃいそうなほど思い詰めてるっていうか」

「黒猫の場合、普段からそんな感じ……」

俺は、桐乃と話しているうちにふと思い出したことがあった。
アメリカに留学中で長らく音信不通になっていた桐乃から、不意にメールが送られて来た日のことだ。
その日の夕方、俺は事前に黒猫から校舎裏まで来るよう呼び出されていた。

俺は桐乃から届いたメールのことで頭が一杯になり、そのときの詳しい会話までは憶えていない。
しかし、それでも一つだけ心に引っ掛かる言葉があった。
ふと黒猫の口から洩れた、『――そんな有様では、私の用件は果たせなさそうね』という含みのある一言。
あのとき、黒猫が俺を呼び出した用件というのはもしや……。

「ふーん、何だか心当たりがあるみたいじゃん。
 あたしも詳しいことは聞かないであげるけど、瑠璃はずっと前から心に決めてたんだと思うよ」

「じゃあ、黒猫が夏休みに俺に告白した意味っていうのは……」

「あたしのことを挑発して、もう一度、スタートラインにあたしを立たせたかったんだと思う。
 瑠璃のお蔭で、あたしは自分自身の気持ちと向き合う決心がついたの」

「おまえは、本当にそれでいいのか?」

「……もし負けたとしても、いつかみたいに後悔だけはしたくないもん」

桐乃はペットボトルを軽く宙に放り上げ、飛び散る雫とともに両手でしっかりとキャッチした。
今さら何も聞かなかった振りをして家に帰るなんて、そんな選択肢は俺にはねえよな。


110 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:44:04.37 ID:Zp0Uc1nVo

もし俺が、桐乃の気持ちを受け入れてしまったらどうなる。
周囲から白眼視されるのは当然のこと、大切な親友だって俺たちから遠ざかって行くだろう。
そうなったときに俺は、桐乃に一体どんな顔をすればいいんだ。

「ね、ねぇ京介……もし、もしもの話なんだけど………………やっぱ、いいや……何でもない」

桐乃が幼馴染や妹の友だちなら、それこそどんなに良かったかと思うよ。
こんなに悩んだり苦しんだりすることもなければ、無意識に誰かを傷付けることもなかった。
どちらかが選択肢を誤れば、俺たちの行き着く先は目に見えている。

正直に言っちまえば、俺は、物心がついたときから桐乃が好きだった。
ごく当たり前の兄貴として妹の幸せを願うなら、俺の取るべき選択肢は一つしかない。
桐乃がそれで納得しようがしまいが、結局、俺たちは……。

「桐乃……」

「ねえ、あたしと京介は……三つ違いなんだよね」

「あ、ああ……今さらそんなこと言ってどうしたんだよ」

「何だか、皮肉だなーと思ってね」

「……皮肉?」

「だってそうじゃん、あたしが小学校を卒業して中学生になると、京介は高校生。
 今度だって、やっとあたしも高校生になれたと思ったら、そっちは大学生になっちゃうし……。
 たまには一緒に通学したいなって思っても、全然無理なんだもん」

111 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:44:40.42 ID:Zp0Uc1nVo

「俺とおまえが一緒に通学したのなんて、小学校までだもんな」

「うん。……正確には、あたしが三年生までだったけどね」

「そう考えると、意外と短かったんだな」

「でもね、京介が小学校を卒業しちゃってからも、あたしは一緒に通ってるつもりになってた。
 中学生になってからも、ちょっと辛いことなんかあると、そう思ったりしてた。
 もうその頃は、京介とほとんど口を利かなくなっちゃってたけど……」

「そんな話、初めて聞いたよ」

「あたしだって初めて言ったんだもん、当然じゃん」

俯いてスカートの裾を握り締め、照れ笑いを浮かべる桐乃。
桐乃との年があと一つでも近かったら、中学でも一緒に通学していた可能性があったわけだ。
そうなると、俺と桐乃の関係も、これまでとは違ったものになってたかもしれない。
桐乃の言うとおり、確かに年が三つ違いというのは皮肉なもんだ。

「あたしが中一のときの担任の先生が、京介のこと知ってたんだよ。
 高坂っていう苗字、同じ学年には他にいなかったし、妹かって聞かれて……なんか恥ずかしかった」

「担任って、学年が上がると一緒に上がって来るからな。
 三年生の担任だった先生は、次の年には新入生の担任になるみたいなことがあるんだよ」

中学時代の俺は地味を絵に描いたような生徒で、一言で言えばその他大勢。
成績はそれほど悪くはなかったけど、部活だって入ってなかったし、桐乃と比べたら月とすっぽん。
桐乃が恥ずかしかったと言うのもわかる気がする。

112 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:45:26.89 ID:Zp0Uc1nVo

地味で冴えない平凡な兄貴と、容姿端麗で学校の成績だってトップクラスの妹。
その二人が一緒に通学していたら、それだけで学校の七不思議の一つになっていただろう。
桐乃がどんな顔をするのか、見てみたかったような気がしないでもない。

「先生から京介のこと聞いたとき、何だか中学生の京介がすぐそこにいるような気分だった。
 あたしの知らない京介を先生は知ってるんだと思うと、ちょっと悔しかったけどね」

「高校に行けば、俺のこと知ってるヤツが腐るほどいるじゃねーか」

「うん、それも楽しみなんだよね。
 せなちーもいるし、夏コミで会ったゲー研の先輩とかもいるし、いっぱい京介のこと聞けるってね。
 京介っていろんな意味で、学校じゃ有名だったみたいじゃん」

「うるせーよ。俺はな、あの学校には数々の黒歴史を残して来たんだよ。
 おまえが入学するなんて夢にも思ってなかったからな。
 大体、なんであやせと一緒に入学して来るんだよ、ほとんど悪夢か拷問じゃねーか」

「あやせは、京介とのつながりを断ち切らないため。
 そしてあたしは……京介との間にできちゃった空白を埋めるため……かな」

今日の桐乃は何かがおかしい。
じわじわと攻めて来やがって、胸が苦しいじゃねーか。
俺は今日この場で、人生で二度目の告白をされるのか? それも実の妹から……。
血のつながった兄妹、絶対に越えちゃいけない垣根があることは、お互いにわかってるはずだ。

桐乃の口から「兄貴のことが好き」なんて言葉が出たら、俺はどう答えればいいんだよ。
俺が「ゴメンナサイ」なんて言えるわけがねえし、かと言って笑って受け流すわけにもいかない。
数時間後には、家で平然とした顔で二人並んで夕飯食ってるんだぜ。

113 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:46:17.29 ID:Zp0Uc1nVo

「あたしって、小さい頃は甘えん坊だったでしょ。
 いっつも京介のこと追っかけてた気がする。追いかけても追いかけても追いつかなくてさ……。
 本当はね、今日京介に話したいことがあったんだけど……やっぱ、やめることにした」

「そういうのって、精神的にも良くねえ気がすっけど……」

言いたいことがあるならはっきり言えと言いたいところだが、こればっかりはな。
スタートラインに立つと勇んではみたものの、いざ立ってみたら、ゴールの先が見えちまったというわけだ。
今日のことはすべてなかったことにして、明日からは、これまでと同じ仲の良い兄妹として――
そんなわけにはいかねえ。

「桐乃、俺の話を聞いてくれ。
 おまえは知ってるか? ブラコンよりもシスコンの方が何百倍もカッコいいんだぜ」

「何それ……どういう理屈?」

「どうもこうもねえよ。……いいかよく聞けよ、桐乃。
 いつだったか、俺が公園でおまえとあやせの前で語った神話の話、今でも憶えてるか?」

「……神話って、『日本書紀』がどうとかっていうアレ?」

「おう、『日本書紀』のどっかに、イザナギがイザナミを好きになった理由が書いてあると思うか?
 エジプト神話のオシリスとイシスが結婚したとき、他の神様が文句でも言ったか?
 神話の世界じゃ兄貴が妹を好きになっても、言い訳もいらないし文句を付けるヤツもいないってことさ」

我ながら、自分がこんなにアホだとは思わなかったね。
あやせには悪いが、あのときの知識がこんなところで役に立つなんて思わなかった。

「もしかして……京介は、あたしと結婚したいと思ってたとか?」

114 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:47:25.64 ID:Zp0Uc1nVo

「いや、俺だって何もそこまでは……」

「シスコンもそこまで行くと立派だよね。
 実の妹と結婚したいなんて、普通そこまで思わないっての。
 それに兄のオシリスは、仲の悪い弟のセトに暗殺されたって知ってる?
 妹のイシスがそのあと仇を討つんだけど――何であたしが仇を討たないといけないのよ!」

「ちょ、ちょっと待て! 誤解があるようだから話を整理しようじゃねえか」

「京介があたしのこと好き過ぎて今にも死にそうだってのはわかった。
 だけど、まさか京介が本気であたしと結婚したいだなんて、思ってもみなかったんですケド」

「だから待てっつってんだろーが!」

「まあでもそういうことなら、ちゃんと京介から告白してもらわなきゃね。
 あ、漫画とかに出てくるような、『俺は世界中で誰よりも――』とか言うのはやめてね。
 京介が考えた、京介自身の言葉で言わなきゃダメだかんね」

どうしてこうなった。しかし、こうなるともう桐乃のペースだ。
俺が一言でも何か言おうものなら、桐乃は数倍にして俺に反撃して来る。
結局、俺は桐乃からほんの少しだけ時間を与えられ、脅迫されるままに告白することになった。

「俺とおまえは前世から結ばれ……」

「明らかに棒読みだし、まったく感情がこもってないからダメ」

「俺は、暗黒の世界に棲む魔獣だった。そこに天使が舞い降りて――」

「だから、何でそうやって厨二病が発症しちゃうのよ! ちゃんと真剣に考えなさいよ!」

115 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:48:54.88 ID:Zp0Uc1nVo

まともな神経なら、妹にガチで告白なんか出来るわけがない。
「好きだ」の一言で済むような話だが、桐乃を前にすると、それも違うんじゃねえかと思っちまう。
俺が桐乃を異性として、まったく意識したこともないと言えば嘘になる。
しかし、俺が黒猫やあやせを見るときとは明らかに違うことだけは、俺自身の中でも断言できる。
桐乃を想う気持ちは家族愛だと、そんな陳腐な言葉で片付けられるのもいやだ。

「桐乃、俺は……俺は、おまえが好きだ!」

「ほ、ほほほ本当に!?」

「――って、はっきり言えたらどんなにいいんだろうな」

俺自身が答えを見つけていないのに、適当なことを言って誤魔化せば桐乃を傷付けるだけだ。
桐乃の気持ちをわかっていながら、こうしていつまでも引き延ばすのも同じこと。
それでも俺が素直に「好きだ」と言えないのは、どこか俺の選択肢が間違っているからじゃねえのか。

「ねえ、京介……無理しなくてもいいよ。
 京介の気持ちは、あたしも何となくだけどわかってるつもりだから」

「なぁ桐乃、兄貴にとって――妹ってヤツは、永遠の恋人みたいなものなんだよ」

「……永遠の恋人?」

「ああ、こればっかりは、妹を持った兄貴にしかわからねえことなのかもな。
 けどな桐乃、これだけははっきりしてる。……俺は、この先もいつだっておまえの隣りにいる。
 口では上手く言えねえけど、それが俺の偽りのない気持ちだ」

116 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:51:44.33 ID:Zp0Uc1nVo

桐乃は、物思いに耽るかのように胸の前で腕を組むと静かに目を閉じた。
俺の言葉をどう受け止めてくれたかはわからない。
無理に飾り立てた言葉なんか桐乃には通用しないし、かえって迷惑にしかならない。

やがて桐乃は小さく頷いて目を開けると、真っ直ぐに俺の目を見て呟いた。

「……ありがと。京介の気持ちは、しっかりとあたしの心に届いたから。
 あたしと京介は、いつかは別々の道を歩いて行かなくちゃいけないんだけど……
 その日が来るまでは、あたしの隣りにいて…………あたしの世話を焼いてなさいよね!」

今までにない最高の笑顔だった。
どんなに探しても見つからない答えもあれば、見つからないままの方がいい答えだってある。
俺と桐乃との関係は、春らしい今日の天気と、三分咲きの桜のような関係なのかもしれない。
いずれ満開を迎える桜と、穏やかに、そして暖かく包み込む春の陽射し――
桐乃の無邪気な笑顔を見ていたら、俺はそんな気がした。


おしまい

117 : ◆Koneko/8Oc [sage saga]:2012/07/16(月) 15:52:33.37 ID:Zp0Uc1nVo

書き始めから三ヶ月ちょっとですが、これにて完結です。
最後までお付き合い頂きありがとうございました。

118 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/07/17(火) 00:31:05.29 ID:x2eqYNV4o


独特の雰囲気で良かった

119 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/17(火) 01:42:29.69 ID:2C4bnYHpo

乙!

120 :sage [sage]:2012/07/17(火) 18:21:04.90 ID:T2ai6pgE0

乙!お疲れ様、良い雰囲気でよかったよ。
又、書いてみてwwwwww



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