1 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) :2012/07/14(土) 05:11:59.24 ID:QsAbV1y6o
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
千早「ん……」 バシッ
千早「朝……ね……」
寝起きで曖昧なまま私は鏡の前に立つ。
ほのかな期待を込めて鏡像を眺めては、仮借ない現実にため息が漏れる。
千早「はぁ……」
ため息の後、頭を垂れて素通りした視線が床を貫くまでが毎朝の習慣だ。
私は胸が小さい。
それ自体は別にどうでもいいことなのだけれども。
2 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(愛知県) :2012/07/14(土) 05:12:27.39 ID:QsAbV1y6o
朝食は豆尽くしだ。
豆腐にきな粉をかけて飲み物は豆乳。
デザートにりんごを半分。
イソフラボンとエストロゲンを摂取する。味はどうでもいい。
食に喜びを見出さないタイプの私はこういう時つくづく助かる。
3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:13:12.84 ID:QsAbV1y6o
食休みを挟んで、時間までトレーニングをする。
腹筋と胸筋を重点的に鍛えた。
千早「ふっ……ふっ……」
フローリングに汗がしみこむ。
トレーニング中は数をかぞえることだけに集中していく。
一切の贅肉を切り落とした思考がシャープに尖っていくのは、陶酔めいて時に私を夢中にさせる。
ピヨピヨピヨピヨピヨ
アラームが鳴った。シャワーを浴びて出ることにしよう。
4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:13:40.05 ID:QsAbV1y6o
千早「おはようございます」
春香「おはよー千早ちゃん」
事務所には他のアイドルもすでに来ていた。
少ない荷物をロッカーにしまっていると、あずささんと四条さんが上品に会話しているのが見える。
あずさ「それはすごいわね~」
貴音「そう……なのでしょうか。私にはよくわかりませぬが」
二人が腕を組み、身をよじり、口元に手を当てて何事か笑うたびに
ボイーン ボヨーン
千早「………………」
心のうちにほろ苦い敗北感が渦を巻く。
5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:14:12.17 ID:QsAbV1y6o
千早「通りますね……」
あずさ「あらあら~ごめんなさい~」
貴音「これは失礼しました。さぁ通ってください」
二人が端によって空いた隙間を抜けると
ムニュン モニョン
柔らかい棘が腕を介して私の神経を苛んだ。
千早「……っ」
6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:14:37.84 ID:QsAbV1y6o
足早に通り抜けるとソファーにもたれかかる。
天井を見つめながら先ほどの感情を解析した。
……胸の大きさなど、人間の価値にはなんら関係ないはずだ。
事実最近まで私は気にしていなかったし、イソフラボンや大胸筋のトレーニングもしていなかった。
私は歌うためにココにいて半ばそのために生きてると言っても過言ではない。
両親の離婚を機に活動に集中できるようにと一人暮らしを始めたし、家には娯楽など一つもない。
だと言うのに、なぜこんなにも気になるのだろうか。
7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:15:11.04 ID:QsAbV1y6o
カクテルパーティー効果で雑音の中から耳が勝手に情報を選択する。
亜美「最近おっぱいが痛いんだけどこれってビョーキなのかな?」
春香「あははは……」
成長期なのだろう。
私にもそんなものがあったのだろうか。
ヒエラルキーの最下層で私は息を潜めて耳を閉じた。
余計なことでエネルギーを使わないように、貝みたいにそっと閉じこもる。
薄く開いた目は世界を狭くし、閉じた耳は音を無意味なさざめきへと変えた。
8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:17:06.42 ID:QsAbV1y6o
雪歩「おはようございますプロデューサー」
心臓の音が大きくなった。
姿勢をただし読みもしない雑誌を手にとって文字を滑らせる。
P「みんなおはよう。今日はちょっと暑いな~」
真美「もっとデカいエアコン買おうよ~」
律子「あんた達がしっかり稼いで来てくれたら個人用のエアコン買ってあげるわよ」
横目でプロデューサーを見ると寝癖のついた髪に、だらしなく曲がったネクタイが気になる。
ギリギリまで寝ていたのだろうか?
らしくもないおせっかいに気がついて自戒する。
彼は大人だ。私がどうこう言う筋合いではない。
9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:17:47.61 ID:QsAbV1y6o
春香「プロデューサーさん寝癖すごいですよ?」
P「え、ホント?……うへ、結構跳ねちゃってるな」
春香「それにネクタイも曲がってますよ。ほらほら」
甲斐甲斐しく春香がプロデューサーのお世話をすると、外野から野次が飛ぶ。
亜美「おお?新婚さんみたいだね~」
真美「はるるんやるね~」
春香「そ、そんなんじゃないよー!もー!」
P「あははは……、ありがとうな春香」
春香「いえ、ソレホドデモ……」
真っ赤な顔をした春香を見れば誰だって気がつくだろう。
……一人を除いては。
10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 05:18:15.99 ID:QsAbV1y6o
少し前までは微笑ましかったその光景が、今は胸を痛めつける。
その感情がなんなのかはわからないが、けっしていいものではないのだろう。
捉えきれない負の感情が私を寒色に染める。
遮断するようにイヤホンを耳にさした。
流れ出した音楽に集中すれば違う世界へ私は降り立つ。
P「…………、…………で……さ」
視線だけが残ったままだった。
11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 06:30:40.15 ID:QsAbV1y6o
コーチ「違う違う!もっと強く感情を出して!それじゃあロボットみたいよ!」
千早「は、はい!」
私は感情を出すのが苦手だった。
思わず歌いだすような喜びも、燃え上がるような怒りも、海の底に横たわる深く暗い哀しみも、踊りあがるほどの楽しさも。
弟が事故でいなくなってから私は努めて感情を出さないようにしていた。
噴き出した激情が澱んだ悲しみをかき回すから。
両親に頼ることは出来なかった。
あの人たちは自分のことで手一杯で子供ながらに危ういものに見えた。
仮面をかぶって、ともすれば爆発しそうな激情を抑えて生きるうちに、私は面白みのない人間になっていた。
12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 06:33:12.07 ID:QsAbV1y6o
歌。
歌うときだけは解き放たれる。
感情を赤裸々に吐き出しても、それは表現の一環でしかない。
どこか他人事のように自分を見つめていれば、溜まった泥濘で濁ることはないのだ。
だけど、やっぱりどこかに恐怖が、あるいは別の思惑が邪魔をする。
技巧は―――自分で言うのもなんだけど―――頭一つ抜け出ていると思う。
それでもいまひとつアイドルとしてパッとしないのは、きっとそんな弱い私を見抜かれているからだ。
レッスンが終わり、挨拶をするとコーチに言われた。
『声は出ている。リズムも音程も申し分ない。それでもあなたの歌にはまだ遠慮があるわね……。
ふふっ、それでも以前よりはずっと自分を表現できているわ。確実に成長してるわよ』
もう一度頭を下げて帰宅した。
17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 15:25:00.00 ID:QsAbV1y6o
私が拙いながらも歌に想いを乗せられるようになったのは、765の温かく和やかな空気のおかげだろう。
特に春香とプロデューサーには感謝してもしきれないほどだ。
不器用な私は言葉でも形でも伝えられたことはないけど。
そんな自分を歯がゆく思いながら、日々を過ごしていた。
18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 15:25:55.43 ID:QsAbV1y6o
P「おはよう千早。今日は新しい服なんだな」
千早「おはようございます。ええ、最近暑いですから」
色気のない理由だと自嘲する。
P「うん、やっぱり似合ってるよ。スラっとしてるからパンツルックがよく映える」
千早「ありがとうございます……」
この人は鈍い。それなのに時折ドキっとするようなことを平気で言うのだ。
なぜこんなにも胸が高鳴るのかわからないけど。
喜んだ自分に違和感を覚えながら、上の空で会話をする。
千早「――――――」
P「――――――?」
千早「――――――――」
P「――――――」
他愛のない雑談が心地よい。
自然と頬が緩んで目が細くなった。
19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 15:27:57.04 ID:QsAbV1y6o
春香「おはよー!ございまーす!」
ビクンと体が震えた。
訳もなく罪悪感が込み上げてくる。
P「おはよう春香。今日も元気だなー」
春香「えへへ、聞いてくださいー。お、千早ちゃんもおはよう!朝ごはん!なんちゃって」
千早「おはよう春香」
春香は満面の笑顔で今日の通勤を面白おかしく話している。
それを見るプロデューサーの顔はとても優しかった。
20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 15:28:29.41 ID:QsAbV1y6o
心が波打って落ち着かなくなる。
安堵なのか、寂寞なのか、憂慮なのか。
細切れになった情動を見ないように、二人の邪魔にならないように静かに離れた。
ソファーに座った私は貝になる。
薄く開いた目は世界を狭くし、閉じた耳には何も入らなかった。
22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:11:26.78 ID:QsAbV1y6o
味気ない夕食を機械的に口に運んでいると電話がかかってきた。
prrrrrr
千早「はいもしもし。どうしたの?春香」
彼女は特に用がなくても電話をかけてくる。
私としては電話よりも面と向かって話す方が疲れなくていい、とは言えなかったりする。
何のことはない、私も彼女とのお喋りを楽しんでいるのだ。
春香『あ、千早ちゃん?えへへ。えーとね、今なにしてたの?』
千早「夕食中だったわ」
フォークでマカロニをつつきながら答える。
春香『わ!ごめん、また後でかけなおそっか?』
千早「いいわ、別に。もうお腹一杯だし」
半分ほど残ったグラタンは冷め切っていて、もう食べる気になれなかった。
23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:11:58.38 ID:QsAbV1y6o
春香『そう……?』
千早「ええ、それでどうかしたの?スケジュールの確認とか?」
自分の声が事務的で嫌悪してしまう。どうでもいい話でも全然構わないはずなのに。
春香『うん……、今日千早ちゃんなんだか元気ないみたいだったからどうしたのかな、って』
千早「そう……かしら?そんなこともないと思うけど。気のせいじゃない?」
弱みを見せたがらないのは私の悪い癖だ。
とは言え、自分でもあやふやな気持ちを上手く伝えられない以上余計な心配をかけたくない。
春香『……そう?本当に?』
千早「ええ、いつも通りよ。心配してくれてありがとう」
春香『うん……』
秒針が声高に仕事をしていると伝えてくる。
24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:12:39.79 ID:QsAbV1y6o
そのまま半周ほど秒針が動くのを見ていると、春香から再開してくれた。
春香『あのね、千早ちゃん』
千早「うん」
春香『プロデューサーさんのこと、どう思ってる?』
スピーカーから鉄塊が飛び出して私の脳髄を揺さぶった。
千早「…………どう、と言うと?」
数秒か、数十秒か。
春香の真意を掴めぬままに、動揺を押し殺して聞き返す。
春香『んと……、千早ちゃんの目から見てどんな人?』
送話口を塞いで「ふぅ」と吐き出した。
千早「そうね、仕事の上では割と頼りになると思うわよ」
春香『う、うん』
露骨にはぐらかしすぎただろうか。
案の定不満げな色合いで問いかけられた。
25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:13:07.42 ID:QsAbV1y6o
春香『そうじゃなくてさ、……男の人として、どうなのかなって』
千早「……どうしてそんな事を?」
春香からは何度も恋愛相談をされている。
もっともまともに恋などしたことのない私が出来るアドバイスなどは高が知れていて、
彼女の愚痴やノロケを聞く程度だが。
春香『うー……』
千早「…………」
『怒らないでね?』と何度も前置きしてから、予想通りに最悪な質問が来た。
春香『千早ちゃんってプロデューサーさんのこと、……好き、だったりしない?』
26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:14:25.04 ID:QsAbV1y6o
千早「ありえないわ」
即断する。
千早「だらしないし優柔不断だし……、子供っぽいところも私は苦手ね。頼りないもの。
春香には悪いけれど、どうしてあの人なのか理解に苦しむわ」
春香『あ、あははは……。バッサリいったね~』
千早「ええ、正直に言えばあの人に男性としての魅力をまるで感じないわ」
春香『ちょ、それはさすがに言いすぎだよ!』
そうね。
胸のうちで呟いた。
27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:14:50.71 ID:QsAbV1y6o
春香『だらしないところは放っておけない気分になるし』
優柔不断なのは優しいからで。
春香『子供っぽいところも愛嬌があって』
嬉しそうな笑顔を見れば胸に花が咲くようで。
春香『そりゃ、ちょっと鈍くて頼りないところもあるけど……』
きっと傍にいて一番安心できる人。
28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 17:15:43.44 ID:QsAbV1y6o
春香『だから……』
千早「はいはいごちそうさま。なに?またノロケ話を2時間もするつもりなの?」
春香『ちが、ちがうよー!私は千早ちゃんが心配で……』
千早「ふふ……、大丈夫よ。少し寝不足だっただけ。だから今日は早めに寝るつもりよ」
春香『あ、そうなんだ、ごめんね。変な電話しちゃって』
千早「いいわよ、することもなかったし」
春香『うん……』
千早「頑張りなさい。応援してるわよ」
春香『う、うん……!』
30分ほど雑談をして電話を置いた。
ベッドに寝転がりながら通話を反芻していると、自分がひどく落ち込んでいる事に気がついた。
千早「…………嫌い」
誰に向けていった言葉なのか。
モヤモヤとして気持ち悪い。
寝返りを打って無視しても、春香とプロデューサーの事を考えると意味もなく涙が出た。
理由は考えない。
考えてはいけない。
考えてはいけない理由も考えてはならない。
その感情が誰も幸せにしないことだけは、理解していた。
31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:43:08.04 ID:QsAbV1y6o
座席に深く腰掛けて運転するプロデューサーの頭をじっと見ていた。
つけっぱなしのラジオからは、先々週の春香と私がそろそろ足先を見せ始めた梅雨について話している。
P「~~♪」
流れ出した曲に合わせてプロデューサーが鼻歌を披露した。
千早「……ふふ」
要所要所で音が外れて笑ってしまった。
P「あ、あれ?違った?」
バックミラー越しに目があった。
千早「えぇ、間違ってますよ」
P「おかしいなぁ……。こう?こうかな?」
修正を加えるたびにドンドンと原曲からかけ離れていって
P「なんだこれ。違う、違うよコレ」
プロデューサーも笑ってしまった。
32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:43:53.84 ID:QsAbV1y6o
鏡に映ったプロデューサーはとても楽しそうで、ずっと見ていたいと思った。
だから私は
千早「あの……、聞きたいことがあるんですが」
その笑顔から目を逸らした。
P「うん?なんだい?」
視界の端で肌色が動く。
ミラー越しにこちらを見たのだろう。
千早「春香の……ことなんですが」
P「? うん、春香がどうかした?」
緊張が高まる。
私がしようとしているのは大きなお世話なのかもしれない。
いや、本来なら他人が関与すべき問題ではないのだろう。
それでも、聞きたかった。
春香のために。
そしておそらくは私のために。
33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:44:21.17 ID:QsAbV1y6o
千早「プロデューサーは、春香のこと、どうするつもりなんですか?」
P「………………」
思いのほか厳しい口調になってしまった。
P「どうするって……、そりゃ決まってるよ」
千早「………………」
逃げ出したくなる気持ちを強く握った。
P「トップアイドルにするよ。もちろん他の子もね」
鈍いにもほどがある。
ひびの入る音が聞こえた。
34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:45:03.82 ID:QsAbV1y6o
千早「そういう意味ではなく……」
P「………………」
千早「その、女性としてどうなのかと言うことです」
P「そういう感情は、ない」
理不尽さを自覚しながらも、粉々に怒りが割れて飛び散る。
千早「どうして!?」
P「どうしてって……」
千早「春香は!……春香は優しい子です。いつも前向きで努力家です。
家庭的で、芯の強いところもあって、女の子らしいところは全部あって……」
口に出す一言一言が私を苛む。
彼女の魅力とは、つまるところ私にはないものばかりなのだから。
35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:45:41.50 ID:QsAbV1y6o
千早「本当に気がついてないんですか!?春香はあなたのことを……」
P「知ってるよ」
千早「……え」
P「当たり前だろ。あれだけ分かりやすいのに気がつかないとか、ありえないって」
千早「だったら……だったら……」
だったらなぜ答えてあげないのか。
困惑と静かな憤りで私は言葉に詰まった。
P「いやでも、何も言われてないのに俺から『そういうつもりはない』って言うのも変だろ」
千早「それは……そうですけど。でも……」
いまだ納得いかないわたしを見て、「まいったな」とプロデューサーは頭をガシガシ掻いた。
P「たぶん……、いや、違うな。あー……」
千早「…………」
誤魔化させないとばかりに、口ごもるプロデューサーを睨み続けた。
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:46:13.15 ID:QsAbV1y6o
P「俺……。あぁなんだ、言わなきゃダメ?」
千早「当たりまえです」
プロデューサーは諦めたように天井に向けて息を噴き出した。
P「うんと……、好きな人がいるんだ」
千早「そう……なんですか?」
P「うん」
知らなかった。気がつかなかった。
十分にありえた話なのだろうけど、今までその可能性を考えたことは一度もなかった。
大きすぎた衝撃で肩から力が抜ける。
ヘッドレストに頭をもたれさせると、深い理由もなく伸ばし続けた髪がサラサラと歌った。
37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:46:44.78 ID:QsAbV1y6o
千早「どんな人、なんですか」
窓の外を見れば事務所まではまだ遠い。
朝から膨らみ続けた雨雲はいつこぼれ出してもおかしくないほど大きくなっていた。
P「ストイックで……、ちょっとスレンダーな人、だよ」
千早「……失礼ですけど、なんだか神経質そうな女性ですね。
家庭的でその……ふくよかなほうがいいんじゃないですか?
男の人ってそういうタイプに惹かれると思ってました」
P「…………」
悪口みたいになってしまった。
感情の発露が苦手な私はいざ昂ぶると暴走してしまうきらいがある。
そのたびに反省するのだが一向に直らない。
38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:47:17.78 ID:QsAbV1y6o
P「付け加えるなら歌が上手くて、髪は長い。それに友達のためにとても一生懸命な子、だよ」
髪が長くて歌がうまいといえばウチにも何人か候補はいる。
もっともみんなグラマーだから違うのだろうけど。
千早「はぁ……、もしかして私の知ってる人ですか?」
P「うん、よく知ってる人」
千早「局の方ですか? もしかして」
流れで詮索してしまう。
春香になんと伝えればよいのだろうか。
39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/14(土) 19:47:59.46 ID:QsAbV1y6o
P「……わざとやってる?」
千早「え?」
前を向けば赤信号の下を歩行者が横断していた。
プロデューサーは振り返ってややジト目で見ている。
千早「え?え?」
なんの話だろうか。聞き逃してはいないはずだが。
P「ふぅ……、言ってもいいの?」
正面に向き直るとプロデューサーの声が真剣みを増した。
千早「……? えぇ、お願いします」
怪訝な表情の私と、それを見てもう一度ため息を突いたプロデューサーがミラーにうつった。
P「お前のことだよ」
思考は途絶え、呼吸が途切れた。
視野が暗くなって血流が聞こえる。
P「俺はお前のことが……」
最後まで聞かずに車を飛び出した。
信号が青に変わり、動き出さない還流に気短なクラクションが混ざる。
大粒の雨が地面に丸く染みこんだ。
50 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/15(日) 06:30:41.14 ID:I2qYPAJeo
千早「はぁっ! はぁっ!」
短くない距離を休まずに走り続けて、口内には血の味が混ざっていた。
容赦なく降り続けた雨の残滓が滴って土間に水溜りが出来た。
prrrrrrprrrrrr
着信はプロデューサーからだった。
反射的に電源を切って浴室に飛び込んだ。
頭から浴びた湯に嗚咽が溶けて消える。
行き場のない嫌悪感が隅々まで満たされていた。
千々に乱れた慟哭は、反響のたびに私を突き刺した。
51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/15(日) 06:31:10.45 ID:I2qYPAJeo
何も考えられなくなるまでシャワーを浴びて着替えると、寝具に包まって座り込んだ。
膝に顔をうずめて雨音を数える。
いつまでたっても落ちつくことはなかった。
浮かんでくるのは春香とプロデューサーの姿。
私はそれを一歩引いて眺めている。
それだけで、本当にそれだけでよかったのに……。
52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/15(日) 06:32:38.82 ID:I2qYPAJeo
ピンポーン
首がガクリと動いて目を覚ました。
来客だ。
意識し始めるとドクドクと脈動がうるさい。
ピンポーン
千早「……はい」
緊張しながら受話器をとる。
この家を知ってる人間は少ない。訪ねて来るとなればなおさらだ。
プロデューサーだったら……、私は、どうすれば。
春香「あ、千早ちゃん?わたし、わーたーし」
千早「春香……?」
時計を見れば20時近い。
家の遠い彼女からすればギリギリだろう。
急に訪ねてきたのも腑に落ちない。
53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/15(日) 06:33:12.48 ID:I2qYPAJeo
千早「どうしたの?いつもは電話で……あっ」
電源切りっぱなしだった。
春香「いいからあけて~、手が、手がぁ~」
千早「はいはい」
そこでようやく部屋が暗いことを思い出した。
54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2012/07/15(日) 06:34:42.33 ID:I2qYPAJeo
あかりをつけて、春香を出迎える。
千早「いらっしゃい。どうし……なにそれ?」
春香「一緒にゴハン食べようと思って……、まだだよね?」
春香の手には大きなスーパーの袋がぶら下がっていた。
千早「うわ、重いわね、これ」
一つ受け取って中を見れば半分にカットされた白菜の断面が見えた。
両手で持って台所を目指す。
春香「いや~買いすぎちゃったね。安かったもんだからつい……」
千早「あのね……」
苦言を呈しようとして喉元で止まる。
春香の目は真っ赤で、周囲が腫れていた。
春香「どうしたの?」
痛々しい作り笑顔で尋ねられると何も言えなかった。
千早「……なんでもないわ。それで? なにをするつもりなの?」
春香「今日はお鍋でーす!」
もう一つの袋から大きな土鍋を取り出して、陽気な声で春香が宣言した。
56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 06:36:13.36 ID:I2qYPAJeo
春香の指示で遅い夕食の準備が整う。
グツグツ煮立った鍋からはとてもいい香りがした。
春香「いただきまーす」
千早「いただきます」
手を合わせて食べ始める。
千早「美味しい……」
ポン酢のさっぱりした風味が鳥の肉団子にも野菜にもよくあう。
春香「でしょでしょ?」
得意げな表情でシイタケをつまんでいた。
千早「でもこの時期に鍋はちょっと辛いわね」
春香「あはは……、だよね。私も今気がついた」
エアコンをフル稼働させて相殺する。
春香にしては珍しいドジの仕方だと思った。
62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:42:38.18 ID:I2qYPAJeo
話しかけようとしては、思いとどまる。
それは春香も同じようで、顔を上げては下を向いていた。
春香「あの……ね?」
先に口を開いたのは春香だった。
春香「今日ここに来たのは、プロデューサーさんに聞いたからなんだ」
取り皿を見つめた。
千早「うん……」
春香「プロデューサーさんとても慌てて」
千早「ええ……」
生返事を繰り返す私に春香はゆっくりと話しかけてきた。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:44:01.70 ID:I2qYPAJeo
春香「えへへ……、それでわたし無理やり聞いちゃった」
千早「…………」
春香「プロデューサーさん、すごく困ってたけど、ちゃんと話してくれたよ……。うん」
ことさらに明るく振舞って
春香「フラれちゃった。残念」
なんてことないかのように春香は言った。
千早「ごめんなさい……」
絞り出した声はかすれてしまってみっともない。
千早「わたし、どうしてこうなんだろう……。いつも大事な人をかき回して……」
箸が震えて収まらない。
千早「両親も、春香もプロデューサーも、わたしのせいで……」
春香「千早ちゃん、それはおかしいよ」
きっぱりと否定された。
64 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:45:32.56 ID:I2qYPAJeo
千早「……え?」
想像に反して春香は強いまなざしで私を見ていた。
春香「わたしだってそんなに偉そうなこと言えるほどわかってるわけじゃないけど」
千早「…………」
春香「誰かのせいで上手くいかない、だなんて、それは言い訳でしかないと思う」
千早「でも、でも……! わたしがいなければ……!」
春香「千早ちゃん!」
厳しい声音に背筋が伸びた。
足音の勢いで殴られるかと思ったけど、そんなこともなく。
思いっきり抱きしめられた。
65 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:46:15.09 ID:I2qYPAJeo
春香「わたしね、千早ちゃんがいてくれて本当にホントーによかったって、そう思ってる。……ホントだよ?
千早ちゃんがいなかったらよかった、だなんてわたし、絶対に思わない」
千早「でも、わたし、わたしは……、だって応援するって、本気でそう、思ってたのに……!」
春香「だったら」
腕に力が入って痛いほどだ。
春香「だったら今度はわたしが――応援する番だね」
胸に優しく響いた。
千早「――――――っ」
負けないくらいに強く抱きしめて、声もなく震えた。
66 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:47:44.20 ID:I2qYPAJeo
布団を並べてもぐりこんだ。
春香「ごめんね、急に来たのに泊めてもらっちゃって……」
首をふってそっと手を握った。
春香「? うん、ありがとう。……なんだか恥ずかしいね」
キュっと握り返された。
千早「わたしの両親はね……」
天井を見ながら、誰にも話したことがない思いを静かに綴る。
千早「昔はあれでも相当なオシドリ夫婦だったの。
とても仲が良くて……、私もいつかあんな夫婦になりたいって、そう思えるような」
春香「うん……」
千早「だけどわからないものね。優が……、弟が死んでからお互いに相手のせいにして、
いつも喧嘩ばかり。同じ部屋にいても口一つ聞かなくなって……、
最後は顔を合わせないように、相手がいないときにしか帰ってこなくなったの」
そっと握りなおされた。
「聞いているよ」と、伝わってくるようで、辛い思い出が柔らかく薄らいだ。
67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:48:24.78 ID:I2qYPAJeo
千早「うん……、だから私なんだか怖くなって……。
どれだけ想いあっていても、なにか一つ掛け違ったらダメになるんじゃないかなって。
いつまでも続く関係なんかないのかなって、そう思ったら、不安で……。
プロデューサーから……、その、聞いたときも最初に感じたのは『怖い』ってそれだけだったの。
春香ともプロデューサーとも、いままでの関係が全部壊れてしまいそうで……」
春香「千早ちゃんって……」
千早「うん……」
春香「怖がりなんだね」
千早「う、うん……?」
春香「千早ちゃんのお父さんとお母さんは……、正直よくわかんない。
わかんないけど……でも二人とも優くんのことをとても大事に思ってたんだよ。
だから上手く受け止められなくて、残念なことになっちゃったんだと思う」
今度は私から握り返した。
68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:49:56.28 ID:I2qYPAJeo
春香「だけどね、一つだけ許せないのは、それで千早ちゃんの気持ちを蔑ろにしたってこと。
どうしようもない面もあるんだろうけど、それでももっと千早ちゃんのこと見てあげて欲しかったな」
千早「……ありがとう」
春香「ごめんね、悪口になっちゃった」
千早「いえ、構わないわ」
春香「でもね、それはそれ、これはこれ。
ご両親みたいな関係が全部だなんて思っちゃダメだよ?
……千早ちゃんにはね幸せになってもらいたいの、わたし。
なーんて、偉そうだね、えへへ」
舌を出しておどけながらも眼差しは真剣で、私のことを真摯に考えてくれていると悟れた。
千早「春香……」
春香「えへへ、本当だよ? 大丈夫!
千早ちゃんならいい奥さんにでも優しいお母さんにでも絶対になれるから!」
千早「うん……、うん……」
せっかく出来た笑顔が、また涙で歪んだ。
わたしも同じ思いだ。
春香には幸せになって欲しいと切に願った。
69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:51:28.81 ID:I2qYPAJeo
千早「私、自分の気持ちがよくわからないの」
すらすらと自分の不安を話すのはむず痒く心細く、それなのに胸のつかえが取れるようで気持ちよかった。
千早「プロデューサーのこと……、その……好き、だとは思うのでもね」
つっかえながら時に口早に。
千早「その好きって気持ちが、どういうものなのか、それがわからなくて……。
それにやっぱり不安で……、春香は大丈夫って言ってくれるけど、でも……」
春香「うーん……」
春香も困ったような声を出した。
70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:52:54.20 ID:I2qYPAJeo
春香「そうだねー、例えば……。プロデューサーさんが他の女の子と一緒にいると胸が苦しくなったりしない?」
千早「…………する」
春香「そばにいるとドキドキしたり、安心したりする?」
千早「……するわね」
春香「それはね恋だよ。先輩が保障します」
千早「そ、そうなんだ……」
ということは、これが私の初恋ということになるのか。
モヤモヤした気持ちは『恋』と名づけられると、はっきりとした形になった。
白く小さな花だ。
まだ若く、ほころびかけた蕾は重そうに頭をたれているけど。
静かに想えばじんわりと体が熱くなった。
71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 13:54:34.33 ID:I2qYPAJeo
千早「…………」
春香「恋ってね、嬉しかったりとかだけじゃないんだよ。その人のこと考えてると不安になったり、悲しくなったり……。
そういう、こう……よくわかんないグチャグチャな一切合切の全部が『恋』なんだよ」
千早「うん……」
今ならわかる気がする。
ぼんやりとプロデューサーのことを考える。
ポン、と頬が燃えるように赤くなった。
春香「あ、でもね」
そんな私を見てイタズラっぽく春香が微笑む。
春香「もし、もしもだよ? どーーーしてもプロデューサーさんと上手くいかなさそうだったら……」
千早「うふふ……、それはダメ。いくら春香でも譲れないわ」
この胸に咲いた小さな花はまだ軽く手折れそうなほど弱々しいけれど。
随分と遅咲きではあったけれど。
大事にしたいと思った。
春香「ちぇーっ」
口を尖らせた春香と顔を見合わせて笑いあった。
雨はいつのまにかやんで、月が優しく微笑んでいるようだった。
75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:04:52.66 ID:I2qYPAJeo
朝食は昨日の残りを使ってしっかりと取った。
たまにはこんな朝もいい。
春香が残った食材の使い方をベタベタと冷蔵庫に貼っているのを見ながら思った。
春香を駅まで見送ると、私は反対方向の電車に乗り込んだ。
休日の中途半端な時間帯は座席をまばらにしていたけれど、私はつり革に片手を引っ掛けながら街並みを眺めていた。
駅名のアナウンスが入る前に、まもなく降車駅だと見慣れた景色で悟る。
背筋を伸ばし前を向いて一歩ずつ地面に足をしっかりつけながら歩いた。
76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:05:20.50 ID:I2qYPAJeo
事務所のドアを開けて挨拶すると音無さんが目をパチクリさせていた。
小鳥「あ、あら?千早ちゃん今日はお休みよ?」
千早「おはようございます。プロデューサーはどこですか?」
小鳥「プロデューサーさんならさっき屋上で休憩してくるって……」
千早「ありがとうございます」
軽く頭を下げて振り向くと
小鳥「……がんばってね!」
千早「? えぇ、はい」
なにやら激励されてしまった。
77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:05:56.21 ID:I2qYPAJeo
階段をゆっくり登っていると、今更ながら緊張してくる。
私はプロデューサーにあってどうしようというのか。
目的がはっきりしないまま行動に移るのは、私にしては珍しい。
強く響く胸を抑えて屋上へ。
78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:06:32.81 ID:I2qYPAJeo
キィー バタン
きしみながら扉が閉じるとプロデューサーがこちらを向いた。
鉄柵に寄りかかって外を眺めていたようだ。
P「ち、千早か……」
千早「おはようございますプロデューサー」
P「おはよう、千早」
出来れば笑って挨拶をしたかったのだが、強張ってやたら真顔だ。
頬を揉みしだくのも変なので、そのまま話そうとすると先を取られた。
P「昨日はすまなかった。俺が軽率だった」
プロデューサーが90度の角度で頭を下げてきた。
79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:07:41.18 ID:I2qYPAJeo
千早「いえ、それは……」
P「普段偉そうなこと言ってるくせに後先考えずに動いて……。
申し訳ない。忘れてくれ」
つむじをさらしたままの体勢では話も出来ない。
千早「いいから頭を上げてください。私べつに怒ってませんから」
P「ん、でも……」
顔を上げたタイミングで今度は私が頭を下げた。
千早「昨日はすいませんでした。動揺してしまって……、ご心配をおかけしました」
P「え? いやそれは……」
千早「ふふ、これでお互い様ですね」
びっくりした顔がおかしくて自然と頬が緩んだ。
P「え? うん、え?」
プロデューサーはまだ混乱している。
だから今度は私が先手を取った。
千早「昨日の事なんですけど、聞きたい事があって。
いいですか?」
P「う、うん」
湿り気の残った空気を風がなでて行く。
80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:11:46.29 ID:I2qYPAJeo
千早「本気、だったんですか?」
さりげなく言ったつもりだが声が震えていた。
P「…………あぁ。本気だ」
微妙な間はプロデューサーとしての逡巡だろう。
僅かな空白を補うように男らしく告げられた。
P「でも、やっぱりあんな話はするべきじゃ……」
千早「私は無愛想ですし家事全般が苦手です」
余計な言葉を隠すように上書きした。
P「……千早が優しいのはみんな知ってるよ。家事は覚えていけばいいし……、なんだったら俺がやってもいい」
千早「変に思いつめるところがあります。それにすぐに落ち込んで面倒くさい女ですよ」
P「一途ってことだよ。そうやって思われるならすごく嬉しいね。
もし落ち込んだならそばにいてあげたいし、いざとなったら無理やり引っ張り上げてやる」
千早「体型だって……、見ての通り女らしくないし、きっとがっかりしますよ」
P「俺は……、俺は千早のスタイル、好きだよ。すごく素敵だ」
千早「……そうですか。物好きなんですね」
P「そうかな?」
千早「ええ」
81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:12:30.67 ID:I2qYPAJeo
細く長く。
息を吐いて大きく吸い込む。
プロデューサーは私の欠点まで含めた全部を許容してくれた。
だから大丈夫。のはず。
千早「わ、私も、プロデューサーのこと……」
限界は予想よりもずっと早かった。
ここまで言うだけで精一杯になった私は熱くなった顔を抑えて後ろを向いてしまう。
P「……ありがとう」
優しい声はとても暖かく、胸に咲いた花は光を浴びて輝いていた。
82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:13:34.62 ID:I2qYPAJeo
P「じゃあ、付き合ってくれるってことでいいのかな?」
千早「え?」
P「え?」
お互いにきょとんとした。
千早「あの……ですね。私、萩原さんほどではないんですが……。
その……、実は男性とお付き合いする事に抵抗が……」
P「え!?」
千早「で、ですので! まずはお互いをもっと知るために、交換日記とかそういうやり取りから……」
P「oh……」
プロデューサーは額に手を当てて天を見やってしまった。
千早「すいません……。やっぱり……」
P「いやいや、いいよ。千早がそれでいいなら俺は全然構わないよ」
千早「私、やっぱり面倒くさいですよね?」
自分でもそう思う。
だけど
P「そんなことはないよ、絶対に。賭けてもいいぞ?」
プロデューサーはそうは思っていないようだ。本当に物好きである。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:15:16.41 ID:I2qYPAJeo
私の胸は小さい。
朝の儀式だったイソフラボンもエストロゲンもバストアップ体操もやめた。
希望は捨てていないが、急激な成長はもう望めないだろう。
だけどプロデューサーはそれでいいと言ってくれた。
その言葉で私のコンプレックスは、昨日までの雲のようにすっかりと消えてしまった。
だから
千早「私の胸が小さいのはどう考えてもプロデューサーが悪い」
のです。
おしまい
84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/07/15(日) 18:17:42.93 ID:I2qYPAJeo
ありがとうございました
スレタイ思いついたときはギャグで行こうと思ったんですけどね 不思議です
86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(福岡県) [sage]:2012/07/15(日) 18:24:02.82 ID:MfoXJWkKo
乙
非常によかった
今度は美希あたりで頼むよ
87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 18:33:08.72 ID:cACK+XfO0
乙
とても良かった
88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(京都府) [sage]:2012/07/15(日) 18:43:52.73 ID:AtXDZ1HVo
乙
タイトル詐欺から良いSSに出会うとすごく気分がいいわ
千早可愛かったな
89 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/07/15(日) 18:47:40.82 ID:CIhnRdxDO
乙
とても良いスレタイ詐欺だ
90 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(不明なsoftbank) [sage]:2012/07/15(日) 18:47:46.47 ID:G/+/Al75o
乙
交換日記っておい千早がかわいすぎるぞ
アイドルマスターSP ミッシングムーン PSP the Best
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