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真「白い夏と黒い財布」

2 :訂正 [saga]:2012/08/18(土) 00:17:57.50 ID:IiA584goo

「財布を無くした!?」

事の起こりは、白い夏の日の昼下がり。
ボクらの前のテーブルには、雪歩の飲んだペットボトルが立っている。

中身は空っぽなのに、それは、すっかり汗をかいてしまっていた。

「真ちゃん、声が大きいよぉ」

「ご、ゴメン。でも大変じゃんか」

「うん。細かいのとかは、小銭入れに入れてたからいいんだけど……」

「でも、貴重品とか入ってたんでしょ?」

「ううん、そういうのは別にしてあったし、大丈夫」

「それなら、新しいのを買えば――」

「それはダメ!!」

「ゆ、雪歩?」

「あっ、ごめんね?でも、ダメ、なの……」

そう言って、いつも以上に白くなった顔を隠すようにうつむく雪歩。

なす術もなく、途方に暮れようとしていると、後ろでドアの開く音がした。

ヴァイスシュヴァルツ 【まことの王子様 真】【R】 IMS21-066-R ≪アニメ アイドルマスター≫

3 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:18:27.87 ID:IiA584goo

「おはようなの!」

今度は、ボクのじゃない声が事務所で響いた。
ソファから立ち上がって、ドアの方へと振り返る。

「おはよう、美希」

「おはよう真クン、ねぇ聞いて?
この近くに、おにぎり屋さんがあったの、初めて知ったんだ!
ミキ、765プロがここにあってよかったーって思うな!!」

美希はひとしきりまくしたてると、大事に抱えていた紙袋を誇らしげに見せつけてきた。
海苔のかおり。
紙袋からはなんとなくおにぎりの熱気が伝わってきてこっちまで暑くなってしまいそうだ。

4 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:19:20.10 ID:IiA584goo

「――アレ?雪歩、どうしたの?」

ソファの、背もたれ越しにいた雪歩をようやく見つけたらしい。

「それが、財布を無くしちゃったんだって」

「えっ、大丈夫なの?」

「貴重品とかは大丈夫みたい。だけど……」

「あぁ。雪歩のお財布、ちょっと高そうだったもんね」

「そうなの?」

「そうなの!」

「全然知らなかった……」

これが女の子らしさの差なんだろうね。

道理でボクが"かわいい"ことをすると、みんなから"イマイチ"って言われちゃうわけだ。

5 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:19:51.75 ID:IiA584goo

「美希はすごいなぁ」

「でしょ?もっと褒めてくれてもいいんだよ?」

そういうと、美希は紙袋の中からおにぎりを取り出す。

そして、それを持ったままささやいてきた。

「で、真クン、どうするの?」

「どうするの?……って?」

「雪歩のお財布、探してあげるんでしょ?」

「……うん、そうだね」

「ミキもいくの」

「え?時間かかるかもしれないよ?」

「いいの。だって、真クン取られちゃうかもしれないし!」

あはっ!と美希が笑う。
それにつられて、ようやく雪歩が顔を上げた。

6 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:21:10.08 ID:IiA584goo

「ねぇ雪歩、財布無くしたのって今日?」

美希が質問を投げかけた。
雪歩は何も言わずに、ただ首を縦に振る。

「じゃあ今日ここに来るまで何してたの?」

すかさずボクが口をはさむ。
それを見た美希はボクに質問係を任せて、おにぎりを食べ始めた。

「ええっと……まず、お茶屋さんをちょっと覗いたんだ。
それで、体力付けるためにちょっとお散歩したの。
でも、暑かったから近くの公園で休んで……。
でも、休むなら事務所がいいかなあって思って
ここまで来たんだぁ」

一通り雪歩が語り終えると、
ボクはさっき美希に確認されたことを実行に移した。

「よし!じゃあその道をたどってみようか」

「ええ!?そんなの悪いよぉ!」

「いいっていいって、じゃあ行こう?」

そう言って、雪歩の手を引こうとすると、美希が叫び出した。

7 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:21:44.67 ID:IiA584goo

「ちょっと待ってほしいの!
おにぎりが、まだ残ってるの!!」

「だって、早くした方がいいでしょ?」

「むぅ……。真クンひどいの!」

そういうと、美希は残りのおにぎりを口の中に詰め込んだ。

「ほら、美希早く!」

「まふぉふぉクン、ひふぉいの……」

「ごめんね美希ちゃん」

美希には悪いけど、遅くなっちゃうといろいろまずいからね。

8 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:22:27.67 ID:IiA584goo

「公園とお茶屋なら……。お茶屋の方が遠いんだっけ」

あわてる美希を尻目に、ボクらは作戦会議を始めた。

「そうだね。遠い方から行くの?」

雪歩に不思議そうな顔をされてしまった。

「うん、どうせ事務所に戻ってくるんだからその方がいいでしょ?」

「確かに、そうだね」

「よし、今度こそ行こう!」

9 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:23:05.36 ID:IiA584goo

「も、もうひょっとまってほひいの!みき、まはのみこめてないの!」

美希が悲鳴に似た叫び声をあげた。

なんとか飲み込ませようとお茶を用意する。
しかし、美希は手でそれを拒絶した。
どうやら、これ以上おにぎりに失礼なことはできないみたいだ。

「んぐ……二人ともひどいの……」

美希が涙目になりながらおにぎりを飲み込むと、ボクらは財布探しに出発した。

10 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:23:59.19 ID:IiA584goo

外はやっぱりうだるような暑さだった。
思わず、手をかざして、ビルの隙間から覗く青空を睨みつける。

こういう時に、車を運転できれば便利なのにね。

免許をとれる歳になろうとしていても、
ボクはまだ、ただの女子高生でしかなかったんだ。

「雪歩の財布ってどんなのだっけ?」

「えっとね……」

雪歩が答える前に、美希が代わりに答えた。

「黒い長財布なの!」

「美希ちゃん、よく覚えてるね」

「でしょでしょ?」

11 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:24:56.72 ID:IiA584goo

「へぇ。でも、黒ってあんまり雪歩らしくないね」

三人でのお喋りって、
下手すると置いてけぼりを食らうから大変。

どうにかボクも二人の会話に割って入った。

「……言われてみればそうなの」

ボクらが疑問を持つと、雪歩は慌てたように、目の前のT字路まで走って行った。

「あの、ほら!お茶屋さんこっちだよ!!」

「そうなんだ。ボク、ここら辺あんまり来ないからわからないや」

「確かに、こっちの方あんまり来ないもんね」

立体的な街の影をなぞりながら、雪歩の言うとおりの道を歩く。

こうして何かを探して歩いてるのは、
まるで有名な洋画のワンシーンみたいだ。

でも、残念なことに、太陽はずっとボクらに優しくなかった。

12 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:25:55.27 ID:IiA584goo

「あっづいの……とけちゃいそうなの……」

これだけ暑いのだから、誰かがこう言い出すのは予想済みだ。
待ってましたとばかりに、用意済みの提案をしてやった。

「財布見つけたら、雪歩がアイスおごってくれるってさ」

「ええっ!?」

汗をぬぐっていた雪歩が、驚いてボクの顔を見る。

「いいよね?雪歩」

「いいけど……でも、アイスなんかでいいの?」

「ミキ、アイス食べたいの!」

「だってさ。しょうがないよね」

「真ちゃんってばもう…」

困ったように雪歩が笑う。
太陽に照らされた白い顔が、焼けてしまわないか、ふと心配になった。

13 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:26:49.93 ID:IiA584goo

事務所から歩いて三十分。
ようやくたどり着いたお茶屋は、思ってたよりこぎれいなところだった。

「……ここなの?」

「うん、そうだよ」

美希と雪歩が、肩を並べて店の感想を述べ合う。

「ずいぶん綺麗なところなんだね」

「でしょ?最近リニューアルしたみたいなんだぁ」

「よーっし!じゃあ入ろうか」

そう言って気合を入れると、雪歩が小さく悲鳴を上げた。
でも、ボクの声に驚いたわけじゃないみたい。

どうやら何かに気付いたようだ。

14 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:27:25.09 ID:IiA584goo

「いつもおばさんがいるのに…」

中を覗く。
確かに、気難しそうなおじさんがカウンターに座っていた。

「……どうするの?」

美希ですら不安そうな顔をしている。
かくいうボクも、きっとそういう顔をしてるんだろう。

「う~ん……じゃんけんで負けた二人にしよっか?」

ボクの提案に、二人が仕方なさそうに首を縦に振った。
それでボクらは店の横でじゃんけんをする。
そのじゃんけんは、これまでしたことのないような全力のじゃんけんだった。

結局、一発で美希が勝ち抜くことになったんだけどね。

15 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:28:05.39 ID:IiA584goo

「財布?知らないねぇ」

「そうですか……」

おそるおそるおじさんに尋ねると、そっけない返事をされた。
二人でがっくりと肩を落とす。

「涼しいの……。ここが楽園なの……」

美希はというと、店内のクーラーの前で涼んでいた。

「しょうがない……。美希!次は公園行くよ!」

「もうちょっと待ってほしいの……」

「ま、真ちゃん。どこかで休んでいった方がいいんじゃないかな?」

「雪歩がそういうなら……」

暗くなるまで、そんなに時間があるというわけでもなかった。
でも、この暑さなら仕方ないかな。

16 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:29:05.75 ID:IiA584goo


―――――

「あんみつ三つ、お願いします」

結局、近くの喫茶店に入ることになった。
人も少なかったので、まわりを気にする必要がないのは好都合だ。
普段なら寒くなるくらいエアコンがきいていたけど、今日はそれもありがたい。

「生き返るの~」

「ごめんね二人とも」

「いいって。今日は事務所の近くに来たから、寄ってみただけだったし」

「ミキもそんな感じかな」

「それよりさ、これからどうするか考えようよ」

「うん。ここから公園も結構距離があるし……」

雪歩が申し訳なさそうに話す。
正直、また歩くのはきついかなと思ったけど、何も言わずにお冷に口をつけた。

17 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:29:57.27 ID:IiA584goo

「あのね、ミキ思ったんだけど……」

ボクらのやり取りを見て、美希が言葉を発する。

「うん?」

「この辺からバスとか出てないの?」

完全に盲点だった。
思わず、雪歩と顔を見合わせる。
美希は、そんなボクらを呆れたような目で見ていた。

18 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:30:47.67 ID:IiA584goo

「……雪歩、ここら辺からバス出てないの?」

「うーん……」

「ちょっと調べてみようか」

「じゃあお願いね、真クン」

美希は机に突っ伏しながら、顔だけこちらに向けていた。
自分で調べようとしないところが美希らしい。

……携帯の電池、結構ギリギリなんだけどなぁ。

19 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:31:33.82 ID:IiA584goo

「うーんと、この辺からだと1時間に2本くらい出てるみたい」

携帯に表示された、バスの時刻表をそのまま読み上げる。

「あはっ!やっぱり、ミキの言うとおりだったの」

「うぅ……こんなダメダメな私は……」

「店の中はダメだよ雪歩?」

「……ごめんなさい」

「……へぇ。さすが真クンなの。雪歩の扱い、うまいんだね」

「えぇっ!?扱い、ってそんなぁ!」

二人の冷たい視線が、容赦なくボクに突き刺さった。
なんかまずいこと、言っちゃったみたい。

20 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:32:45.39 ID:IiA584goo

そんな空気の中、注文したあんみつがボクらの前に届けられた。

「さぁ。ちゃっちゃと食べちゃって、はやくバス停に行こうよ!」


「ミキ的には、それはないって思うな。
もうちょっと休んでいった方がうまくいくと思うの」

「……そうだね。
もうちょっと日が傾くまで待った方がいいんじゃないかなぁ」

「……そっか」

まさかの大バッシングにやむを得ず肯定の返事をする。
冷ややかな視線は相変わらずだった。

21 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:33:59.08 ID:IiA584goo

「ここのあんみつ、おいしいねぇ」

「ミキ、このお店気に入っちゃった!
バスまで時間もあるし、もうちょっとゆっくりしていこうよ!」

「そうだね。外、まだ暑そうだもんね」

テーブルでは、雪歩と美希の会話が続いていた。
のけ者にされたボクは、黙々とあんみつを食べ進める。

確かに一気に食べちゃうのは少しもったいないかも。

そんなことを思って、のそのそ食べていると、
三人の中で一番最後に食べ終えることになってしまった。

22 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:34:50.93 ID:IiA584goo

「そろそろ出る時間かなぁ」

思い出したように雪歩が言う。
そこでもう一度、携帯でさっきの時刻表を確認してみた。

バス停までの距離とかを考える。
うん、ちょっと早いかもしれないけど、
ちょうどいい時間かな。

今後のスケジュールを頭の中で練っていると、
突然、短い悲鳴が聞こえてきた。

「美希ちゃん、どうしたの?」

「おにぎり買ったから、あんまりお金ないこと忘れてたの……」

23 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:37:02.01 ID:IiA584goo

「ごめんね真ちゃん……。
小銭入れにもほとんど入ってなくて……」

「ごめんね真クン……。明日返すから……」

「いいよ。今日、結構余裕あったし」

結局三人分の代金を支払って店を出た。
この分だと、バス代もボクもちになるかも。

もっと大人になったら、余裕をもつようにするんだろうなぁ。

少し薄くなった財布をポケットに入れる。
外はさっきより幾分か涼しくなっていた。

……それでも、まだ充分に暑かったんだけどね。

24 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:37:56.89 ID:IiA584goo


店を出て少し歩くと、不意に服の裾を引っ張られる。
美希が指差す先には交番があった。

「あぁ、交番で聞いてみたら何かあるかもね」

「そうなの。でも……」

「警官って……。男の人、だよね……」

「もう!真クンの男らしさを少しくらい雪歩に分けてあげればいいって思うな!」

「美希、それどういう意味?」

美希はまた、あはっ!と笑うだけで、それ以上何も言ってくれなかった。

25 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:39:01.76 ID:IiA584goo

「……で、誰が聞きに行くの?」

ボクがそう聞くと、ワンテンポおいて勢いよく手が上がる。

「わ、私が行くよ!」

「えぇ!?雪歩、いいの?」

「うん、だって私が失くしたんだし!」

「そうだけど……」

雪歩は、決意めいた目をしていた。
こうなると止められないんだよなぁ……。

「じゃあミキ達、先にバス停行ってるね!」

「えぇっ、美希?」

「うん。じゃあ私、あとから合流するよ」

26 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:40:38.47 ID:IiA584goo

「じゃあ後でね~」

元気よく手を振る美希に引きずられ、交番前を後にする。

「雪歩、大丈夫かなぁ…」

「多分、大丈夫だと思うの!」

「どうして?」

「真クンとプロデューサーさんで、いい加減慣れたんじゃないかなって」

そこになぜ、ボクの名前が含まれているのか。
大変納得いかないことだ。

でも、何を言っても無駄なんだろうな。

だから、そうだね、とだけつぶやいておいた。

27 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:41:28.22 ID:IiA584goo

バス停につくと、二人で自販機の影に入って雪歩を待った。

「ねぇ。雪歩にお財布あげたりしたの?」

美希が、突然何か思い出したように、質問してきた。

「いや?
ボクが選ぶなら……。
黒なんかじゃなくて、
もっとかわいいのにするよ!」

「あはっ!確かに、そうだね」

「もっとこう、フリフリな感じの……」

「それはないって思うな」

「ええっ!?いいじゃん、フリフリ」

「そういうのはちょっと……」

「へへっ。美希には、まだ早いのかもしれないね」

「……そういうことにしておいてあげるの」

こればっかりはボクの中でも譲れない部分だった。
だから、また呆れた目をされた気がしたのは、きっと気のせいなんだ。

28 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:43:06.73 ID:IiA584goo

「……影の中でも、やっぱり暑いの」

「うん……」

バスの時間は差し迫っている。
にもかかわらず、雪歩はまだ来なかった。

「見に行った方がいいのかなぁ」

「でも、見つかったのかもしれないよ?」

「その可能性もあるね」

「それより、そこの自販機で飲み物買おうよ!
雪歩、喉カラカラにして帰ってくるかもしれないし」

「うん、そうしよっか」

「あ。ミキの分もお願い、ね?」

「……仕方ないなぁ」

上手いこと策略にはめられたようだ。
再び財布を取り出す。
すぐ返ってくるとはいえ、無暗にお金を使うのは、やっぱり抵抗があった。

29 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:43:53.39 ID:IiA584goo

「ねぇ美希、何飲む?」

お金を自販機に入れて、リクエストを聞く。
すると、美希がいきなり大声を上げた。

「あっ、雪歩来たの!おーい!」

手を振る方を見ると、バスと並走する雪歩が見えた。

あわてて同じお茶を三本買って、両手いっぱいに抱える。
ボクはそのままの格好で、雪歩の到着を待った。

30 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:44:37.10 ID:IiA584goo

バスの中は空いていて、ボクらは一番奥の席を独占することができた。

「ギリギリだったね。どうだった?」

どんどん薄くなっていく財布をしまいながら尋ねる。

「……なかったみたい」

肩で息をしながら、雪歩が答えた。

「そっかぁ。そういえば真クン、何買ったの?」

「あぁ雪歩、お茶どうぞ」

「あ、ありがとう」

「ねえねえ、ミキの分は?」

「はい、これ」

「え~。ミキ、苺ババロア味がよかったな」

「……さすがにその味は、自販機で売ってないと思うよ」

汗をかきながらも、雪歩の突込みはいたって冷静だ。

31 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:45:31.75 ID:IiA584goo

バスはぐんぐんと、さっきの道を戻っていく。

「初めからバスにすればよかったの」

「なんで私、そんなことにも気付かなかったんだろ」

「ボクも、全然気付いてなかったよ」

美希のつぶやきにみんなで反応する。
時々差し込む西日に目を細めながら、
おなじことを、それぞれの言葉で連ねた。

「実は、ミキも喫茶店に入るまで気付いてなかったの。みんなおなじだね」

「ふふ、そうだね」

雪歩がそういうと、三人はバスの奥でこっそり笑った。

32 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:46:00.63 ID:IiA584goo

「なんかさ、こうやってバスに乗ってると、みんなでどこかに行くみたいだ」

目的地に近づくに従って人が増えてくる。
それを気にしながら話してると、
なんだか余計に、秘密の話しをしている感じがした。

「ふふ、そうだね。でも、すぐ降りちゃうんだけどね」

「それなら、三人でどこか行けばいいって思うな!」

「いいねえ、どこ行こうか?」

「最近暑いし、涼しいところがいいよねぇ……」

33 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:46:53.81 ID:IiA584goo

「じゃあ、海とか?」

雪歩の意見を聞いて、美希が真っ先に案を出した。

こういう時、真っ先に口を開くのは、いっつも美希だ。
頭の回転速度を測れたら、きっとすごい数字が出るに違いない。

「水着は……ちょっと……」

「ああ……」

ボクと雪歩は同じように額に両手を当ててうつむいた。

「アレ?どうしたの?」

正直、夏の海で美希と並ぶのは勘弁してほしい。
大体の女の子は、同じことを思うんじゃないかな。

バスの中では、目的地が読み上げられていた。

34 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:47:43.61 ID:IiA584goo

「あっという間だったね~」

真っ先にバスを降りた美希が言う。
雪歩がその後を追って、支払いをしたボクが最後だった。

ちなみに、二人からの謝罪は、席を立つ前にもらっている。

「行きには30分くらいかかったのに、その半分もかからなかったね」

「ホントだね。さて、雪歩はどこらへんで休んでたの?」

「ええっとね、あっちの方のベンチだったかな」

「あの辺か……。よし、行こうか」

雪歩の示す方向を、手をかざしながら見ていると、
美希が珍しくまじめそうな顔を作って、こういいだした。

35 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:48:34.62 ID:IiA584goo

「真クン、雪歩。
ミキ、交番に行ってもいいかな?
手分けした方が手っ取り早いでしょ?」

「でも、一人で大丈夫?」

雪歩が心配そうに尋ねると、美希は何か言う代わりに大きく胸をたたいた。

「うん、その方がいいね。じゃあお願いしていいかな?」

「任せてほしいの!」
36 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:49:08.41 ID:IiA584goo
「美希ちゃんに悪いことしちゃってるなぁ……」

交番へと向かう美希の背中を眺めてながら雪歩がつぶやく。

「いいんじゃない?結構、楽しそうだし」

美希が、財布探しに精を出しているのだ。
少なくとも、つまらないとはおもってないだろう。

「そうかな?」

「そうだよ。それより、ボクらも探そう?」

「……うん!ありがとね、真ちゃん」

「どういたしまして!」

お茶屋に行くときのように、
ボクは背中を見ながら、
雪歩が休んでいたというベンチに向かった。

37 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:50:36.13 ID:IiA584goo

「ここのベンチなんだね?」

ベンチの周りをうろついたり、下をのぞきこんだりしてみる。
しかし、落ちていたのはせいぜいたばこの吸い殻くらいだった。

「やっぱり、ない……よね」

「ゆ、雪歩。今来た道をもう一回たどってみよ?」

「うん……」

このまま見つからなかったら、どうなっちゃうんだろう。

日は暮れて、あたりはすっかり暗くなり始めていた。

38 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:51:23.19 ID:IiA584goo

「……ここにもないね」

「ひょっとしたら、交番にあるのかも。美希を待とっか」

「ううん。もう……」

そういうと、何かに気付いて、雪歩は言葉を切った。
そして、携帯をあわてて取り出す。
携帯は手の中で小刻みに震えていた。

「もしもし美希ちゃん?……そっか。じゃあさっきのところで合流しよ?」

「美希、なんだって?」

「なかったって。早くバス停のところまで、もどろ?」

雪歩はそういうと携帯をしまい直し、今来た道をせかせかと戻っていく。
ボクはただ、その後ろをついて行くだけだった。

39 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:52:14.19 ID:IiA584goo

「雪歩、真クン、どうだった?」

二人で首を横に振る。

「そっか。じゃあ次はどこを探せば――」

美希がそう言いかけたところで雪歩が口をはさんだ。

「もういいよ。二人とも、付き合わせちゃってごめんね?今日はありがとう」

無理に笑う雪歩の顔を見ると、もう、何も言えなかった。

それは美希も同じだったみたいで、
一度遮られた言葉の続きをしゃべりだそうとはしなかった。

40 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:52:54.38 ID:IiA584goo

「……雪歩は」

でも、再び言葉を発したのは、やっぱり美希だった。
その声にはどことなく怒りが含まれている。

「え?」

「雪歩は、それでいいの?」

「よくないけど……。仕方ないよ」

「ならまだ探すの」

「でも、もう遅いし……」

「かんけーないの!
雪歩、あのお財布、すっごく大事にしてたんでしょ?」

「そうだけど……」

「じゃあ、公園で休んだ後、どういう道で事務所まで行ったか、ミキに教えてくれるよね?」

「……美希ちゃん、ありがとう。今日は帰ろ?ね?」

そう言って雪歩が手を差し出す。



しかし美希はその手を勢いよく振り払った。

41 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:56:09.81 ID:IiA584goo

「……美希ちゃん?」

雪歩が怪訝そうな顔をして、美希の顔を覗き込む。

「美希!ダメじゃないか――」

「真クンは黙ってて!!」

今まで聞いたことのないような声だ。
思わず、気圧されてしまった。

「いいの、もう!
ミキ一人で探せばいいんでしょ!?」

怒気をはらんだ声でそう言い捨て、美希は一目散に走り出した。

「――っ、ダメ!美希ちゃん、止まって!!」

雪歩の叫び声もむなしく、どんどん遠くへと行ってしまう。
ボクも、あわててそれを追いかけた。

でも、美希は物凄く速くて、とうとう見失ってしまった。

42 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:57:01.09 ID:IiA584goo

「どうしよう……私のせいで……」

その場で雪歩が力なくへたり込んだ。
どうにか励まそうと、明るい声を作って話しかける。

「だ、大丈夫だよ!ほら、携帯もあるし」

でも、取り出した携帯はすでに電池切れになっていた。

「どうしよう……」

「だ、大丈夫だよ真ちゃん!私の携帯あるし!」

逆に励まされてしまったのが余計情けない。

カッコ悪いなぁ……。

43 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:58:36.90 ID:IiA584goo

「……美希ちゃん、出ないや」

結局、さっきのベンチで待つことになった。
美希が戻ってきたときに、ボクらがいないと大変だしね。

「何かあったら、私、どうすれば……」

「大丈夫だよ。そんなに遠くには行ってないはずだし」

「でも、こんな時間だし……」

「それに、変なのがいたら、ボクがコテンパンにしてやるよ!」

そう言って、ボクサーみたいに構えてみせる。

「……あはは、そうだね」

本当にそうなるのは嫌だったけど、
雪歩が笑ってくれたのが、せめてもの救いだった。

44 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 00:59:23.51 ID:IiA584goo

「それにしても、美希があそこまでするなんてね」

「……そうだね」

「どういう風の吹き回しだろ」

ちょっとふざけたような口調で苦笑いを浮かべてみた。

「……たぶん、美希ちゃん、知ってたんだと思う」

「何を?」

条件反射の返答をしてしまう。
正直、この返事は予想外だ。

なんでかはわからないけど、思わず身構えてしまった。

45 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:00:40.43 ID:IiA584goo

「……私が、そのお財布、大事にしてたこと」

「あぁ、そっか」

特に重い話じゃないことに安心して、適当な相槌を打つ。
雪歩は、その相槌を確認してから、話を続けた。

「ちょっと前に、机の上にそのお財布を置いて、ずっと見てたことがあったんだけどね。」

「うん」

「それを美希ちゃんに見られちゃったんだ。おかしいよね」

「……美希はなんて?」

「『それ、そんなに大事なの?』って。」

「大事だーっ、て答えたんでしょ?」

「うん。そしたら『ふぅん。じゃあ、大切にしなきゃだね』って……」

「それで、なのかな」

「そうだね」

雪歩は、それだけ答えて、ベンチの背に思い切りもたれた。
ギシっと古そうなベンチが音を立てたきり、ボクらの間には沈黙が流れた。

46 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:02:58.37 ID:IiA584goo

ライトで照らされたベンチの上で、美希を待つ二人。
このまま黙っていたら、絵になるシーンなのかもね。

でも、黙りっぱなしってのはどうも苦手だ。

だからボクは、ずっと気になっていたことを、とうとう尋ねることにした。

47 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:06:15.20 ID:IiA584goo

「ねえ、雪歩」

「なに?」

「その財布、そんなに大切なの?」

「……うん」

「その理由とか、聞いてもいい?」

おそるおそる聞くと、雪歩は内緒だよ?と言って、ゆっくり語り始めた。

48 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:06:43.93 ID:IiA584goo

「あのお財布はね、私が、初めてオーディションに受かった時に、
プロデューサーがプレゼントしてくれたものだったの。
ほら、私、こんなでしょ?
なかなかオーディションとか受からなくて……。」

「……」

「ふふ。それでね、
ようやく受かった時に
『これからは札束がじゃんじゃん入るからな!』
とか言って、そのお財布、くれたんだぁ」

相槌を打たなくとも、雪歩は話を続けてくれた。

49 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:08:29.00 ID:IiA584goo

「でもね?もったいなくて、そのお財布全然使えなかったの」

「……だから、お金とか入れないようにしてたの?」

「うん、いつも持ち歩いてたんだけど、
たくさん入れちゃうとダメにしちゃいそうで……。
だから、あれは、お守りみたいなものだったんだぁ」

「そっか」

「だけど、ダメだね。二人に、迷惑かけちゃって」

「そんなことない。今日見つからなくても交番とかで、きっと見つけてくれるよ」

「ありがとう。真ちゃんは、優しいね」

「へへっ、どういたしまして」

会話はそれっきり途切れてしまった。
少し後に、静かな泣き声が聞こえてきたけど、
ボクにはどうすることもできなかった。

沈黙は嫌いだけど、それ以上、何か言う気にはなれなかったんだ。

51 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:10:19.49 ID:IiA584goo

しばらくすると、その泣き声も聞こえなくなる。
風の音、木々の葉のざわめく音だけが、静かに流れていた。

どれくらいたったのだろうか。
特にできることもなく、夜空を見上げていたら、突然、雪歩が決意めいた声を上げた。

「私、美希ちゃん探してくる。真ちゃんはここで待ってて?」

「そんな、危ないよ!」

「そもそも私のせいだもん。せめて美希ちゃんだけでも見つけないと」

「だからって、雪歩までどこかに行っていいわけじゃないよ」

「そうかもしれないけど……」

雪歩は、一度息を大きく吸いこむと、ボクを見据えてこう続けた。

「やっぱり、私が、行かなきゃいけないと思うんだ」

52 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:11:57.40 ID:IiA584goo

「じゃあ、ボクも一緒に行く。それでいいでしょ?」

「だめだよ、真ちゃん。
美希ちゃんが帰って来た時に誰もいなかったら大変だもん。
それに、戻ってきたら、携帯も使えるしね」

ダメだ、この雪歩は止められる気がしない。
追い詰められた時の雪歩はすごい。
そのことをボクはよく知っていた。

「それじゃ、私行ってくるね?」

そう言って、雪歩が勢いよくベンチから立つ。


その時だった。

53 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:13:13.69 ID:IiA584goo

「……美希ちゃん?」

雪歩は、ベンチの向こう側を見ている。

そこで、振り返ると、ベンチの後ろ側から、美希が顔を出していた。
乱れた前髪が、汗で額に張りついている。

「……こっちの方には、無かったの」

「そっか。美希、お疲れ」

そう言ってハンカチで汗をぬぐってやろうとする。

「雪歩も、ごめんね?」

美希が申し訳なさそうに言う。
ちょっと遅くなっちゃったけど、今日はここら辺で切り上げかな。

そんなことを考えてると、後ろから凍ったような声がした。

「……ダメでしょ?
勝手にどこか行っちゃ……」

夏なのに、身震いがするくらいの冷たい声だった。

54 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:14:13.38 ID:IiA584goo

「ゆ、雪歩?」

おそるおそる声をかける。
しかし、ボクへの返事はない。

「携帯は、見て、なかったの?」

「き、気づかなかったの」

美希は、雪歩の問いにそれだけ答えると、ボクの背に隠れた。
背中で、ボクの服の裾が握られているのがわかる。

今の雪歩の前では、さすがの美希であっても、無理もない。
むしろ、ボクの方が美希の後ろに隠れたいくらいだった。

55 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:14:47.38 ID:IiA584goo

無言の圧力が二人を襲う。
怒ってる時の、父さんや母さんみたいな、いや、それ以上の恐怖を感じた。

今度こそ、ボク自身の手で、沈黙を打破しなければならない。
それも、雪歩が再びしゃべりだす前に。

さもないと、美希へのきつめのお説教が待っているはずだ。
そんな修羅場だけは、どうにかして避けたい。

56 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:15:54.49 ID:IiA584goo

「美希、そっちの方にはなかったんだね?」

気まずい空気の中、言葉を絞り出す。
美希は、何か言う代わりに、ボクの服の裾を強く握った。

「じゃあ、向こう側かぁ」

雪歩が、さっきまでの凍った顔を崩す。
何か言いたげな表情へと、変化していた。

それにかまわず続ける。

「ねえ、雪歩。
公園で休んだ後、どういう道で事務所まで行ったか。
今度こそ、教えてくれるよね?」

「……もう、大丈夫だよ」

「嫌だ」

「えぇっ?でも、もう遅いし……」

「そうだよ、こんなに遅くなっちゃった」

申し訳なさそうに、うつむく雪歩。
ここで、ボクは一気にたたみかけに行った。

「だから、アイスだけじゃなくて、晩御飯もごちそうしてもらわなきゃね」

57 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:17:21.81 ID:IiA584goo

「そうなの!そうじゃなきゃ、ミキも気が済まないの!」

後ろから、美希が顔を出して加勢する。
しかし、雪歩がそっちを向こうとすると、また顔を引っ込めてしまった。

「よし。ひとまず、こっちでいいんでしょ?」

背中の美希を軽く引きはがして、事務所の方向へと歩き出す。

「ま、真ちゃん?」

「ボク、お腹空いちゃった。だから早く行こ?ほら、美希も」

「そうだね。急ぐの!」

美希も、その場から逃げ出すようにボクの後を追ってきた。

58 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:18:03.45 ID:IiA584goo

「よーっし!開いてるお店が無くなる前に見つけなきゃだね」

「いざとなれば、24時間のファミレスもあるの!」

「へへっ、そうだね。どうしたの雪歩、ガイドがいなきゃ見つからないよ?」

「……うん!いこっか」

そう言って、今度は雪歩がボクらの後を追った。
こうして、また夜道を三人で歩き出す。

後ろの方から、小さな声でありがとね、って聞こえた気がした。
だけど振り向かない。
だって、なんだか気恥ずかしかったからね。

59 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:19:12.59 ID:IiA584goo

「それにしても、さっきの雪歩、怖かったなぁ」

「ホントなの!律子よりよっぽど怖かったの!」

「美希。律子だけじゃなくて、雪歩にも"さん"づけしないと。
そうじゃないと、怒られちゃうよ?」

「えぇっ!それは困るの!」

「わ、私は怒らないよ?」

「わかったの、雪歩、さん」

「み、美希ちゃぁん……」

「へへっ。雪歩、さんには、何食べさせてもらおっかな~」

「真ちゃんまでぇ……」

「デザートのいちごババロアは譲れないの!」

雪歩の沈痛な面持ちを無視するように、美希が元気よく言った。

月明かりとライトに照らされながら事務所への道をたどった。
風に揺られて、夏草が音を立てる。
なんだか夏の夜、って感じだった。

60 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:19:52.69 ID:IiA584goo

「……そろそろ、公園も終わりだね」

公園の敷地を出れば、事務所まですぐだ。

「どうする?もう一度、さっきの交番行ってみる?」

美希が言う。
確かに、ちょっと時間も経ったし、行く価値はあるかも。

「さ、さすがにそれは悪いよぉ……」

「ボクはそれでもいいけどなぁ」

さて、どうやって言いくるめようか。
それを考えていると、美希がいきなり口を開いた。

「あ、真クン。あそこに自販機あるよ。
ゴミ箱もあるし、さっきのお茶、捨てられるね」

「あぁ……すっかり忘れてた。」

そういえば、バスに乗る前にお茶を買ったんだった。

「飲んでなかったの?」

「うん……」

ぬるくなったお茶は、まだまだたくさん残っていた。

61 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:21:10.35 ID:IiA584goo

「じゃあ、ミキの分だけ捨てて来るね~」

そう言うと、美希は自販機の方まで小走りしていった。

「参ったなぁ。
ペットボトルのお茶ってぬるいとおいしくないんだよなぁ。
雪歩は全部飲んだ?」

「えぇっと、ちょっとだけ残ってるみたい。
せっかくだし、飲んじゃおっと」

雪歩がペットボトルを取り出して、最後の一口を啜る。
その空になったお茶を見て、汗をかいたペットボトルのことを思い出した。

「そう言えば、お昼にも、お茶買ってたよね」

「うん、あの自販機で――」

そういうや否や、雪歩も自販機の方まで走って行った。
慌ててその後を追う。
今度こそ、離されることはないだろうけど、一応ね。

62 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:21:53.13 ID:IiA584goo

「ど、どうしたの?」

美希が、驚いたような表情を浮かべてボクらを見る。
いきなり自分の方に向かって、全力で二人が走ってきたんだ。
そんな顔をするのもうなずける。

「確か、ここでお茶、買ったんだ」

それだけ言って、雪歩は自販機の周りをぐるぐるとまわり始めた。
ボクらも同じように、そのあたりを徘徊する。
自販機の裏側を探すのは、月の明かりだけが頼りだった。
63 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 01:22:46.18 ID:IiA584goo
「……やっぱりないかぁ」

雪歩が肩を落とす。
最後の望みが断たれたのだ。

その事実は、なかなかに残酷だった。

「あの時出したのは、やっぱり小銭入れだったんだ……」

「へへっ、じゃあおごりは明日だね」

「もう、真ちゃんったら」

なおも、雪歩は気丈にふるまっていた。
ボクもふざけたように言って、雪歩を慰める。
そうでもしないと、お互いへたりこんでしまいそうだったから。

67 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:10:14.23 ID:IiA584goo

「ちょっと待ってほしいの」

再度、事務所の方へ向き直すと、美希が後ろで声をあげた。

「どうしたの美希?」

「自販機の下って、いろんなものが落ちてるんだって。だから――」

そう言うと、美希は自販機の前にしゃがみ込み、その下に手を突っ込んだ。

68 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:10:55.24 ID:IiA584goo

「美希、そういうとこってあまりきれいじゃないから――」

美希を制そうと、再び自販機の方に歩き出す。
美希が歓声を上げたのは、
ボクが二歩半くらい刻んだ時だった。

「ねえ雪歩!これ!?」

美希が自販機の下から何かを引っ張り出す。
ほこりや、土やらで、よくわからなかったけど、どうやら長財布のようだ。

69 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:11:48.66 ID:IiA584goo
「美希ちゃん、それ見せて!」

雪歩がその長財布を、美希からゆっくりと受け取る。
美希は、もう決まりだと言わんばかりに、笑みを浮かべていた。

財布の持ち主候補は大事そうに、ほこりや泥を払っていた。

「どう、雪歩?」

ボクはたまらず、問いかける。
雪歩の手も、その財布と一緒に泥だらけになっていた。

70 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:12:58.38 ID:IiA584goo

「……あった。あったよぉ!」

自販機の明かりの中で、雪歩が両腕を上げる。
その手中には、黒くて薄い長財布が高々と掲げられていた。

「よかったね、雪歩」

美希と声がかぶる。
思わず、二人で顔を見合わせて笑った。

「ありがとね、二人とも」

それを見た雪歩が、感謝の言葉を告げる。
瞳には、見る見るうちに涙がたまってきていた。

ボクもそれを見て、思わず泣き出してしまいそうになった。
でも、涙が溢れなかったのは、たぶん、夏の暑さと水分を取らなかったせい、なのかな。

71 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:14:58.56 ID:IiA584goo

―――――

「いやー。それにしても、なんであんなところにあったんだろうね」

やっとの思いで、事務所への道のりを歩く。
さっきまでの、言葉少なだった道のりを考えると、なんだか感慨深い。

「ご迷惑をおかけしました……」

「ホントなの。一時はどうなることかと思ったの」

「そうだよ、美希ちゃん。もう、勝手にどこか行っちゃ、ダメだよ?」

「……わかったの」

「あはは、また怒られちゃったね」

「そ、そんなつもりじゃ……」

「あはっ!気にしてないの!それより――」

「それより?」

「そのお財布、誰からもらったものなの?
せっかく見つけたんだから、教えてくれたって、いいと思うな」

美希が核心をつくと、またもや雪歩は口ごもってしまう。
だから、ボクが代わりに答えてあげることにした。

72 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:16:32.71 ID:IiA584goo

「大切な人からの、ご褒美なんだってさ」

「ええっ?真ちゃん!?」

「違うの?」

「まぁ、違わないけど……」

そんなボクらのやり取りを見て、美希が不満げに頬を膨らませる。

「むぅ……。二人とも、なんか隠し事してるみたい。
教えてくれたって、いいのにな……」

美希は、すっかり拗ねてしまっていた。

73 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:20:18.06 ID:IiA584goo

「ほら、美希。雪歩がいちごババロアもつけてくれるっていうから」

「そうだよ美希ちゃん。晩御飯、どこで食べるかも決めていいよ?」

ボクらは、ご機嫌取りに必死になった。
しかし、それも無駄だったようだ。

「ミキ、隠し事って嫌いだなぁ……」

返事はすべてこの一点張り。
何を言おうと、この言葉で、全部一蹴されてしまった。

とうとう痺れを切らしたのか、雪歩がこっそりと美希に耳打ちをし始める。
どうやら事実を伝えているようだ。


その証拠に、美希の顔がどんどん明るくなったように見えた。

74 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:22:46.42 ID:IiA584goo

「雪歩ばっかずるいの!
ミキ、プロデューサーさんから、そんなのもらってないの!!」

美希が興奮したようにまくしたてた。
思わぬ展開に、つい驚いてしまう。
さっきの表情の変化はボクの思い過ごしだったのだろうか。

「み、美希ちゃん。ごめんね?」

雪歩もよくわからない謝罪をする。

「許さないの!だから――」

そう言うと、美希は事務所の前の横断歩道まで駆けて行き、くるりとこちらを向く。
その背の信号は赤色だ。

「だから、キャラメルマキアートもつけないと、許さないの!」

75 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:23:28.32 ID:IiA584goo

「えぇっ!?でも……私、お金そんなに入れてないよ?」

「いいの。真クンもいるしね!」

「それって、どういう意味?」

問いただすと、美希はボソボソとボクを非難した。

「わざわざ遠回りしなかったら、
もっと早く見つけられたって思うな」

……おっしゃるとおり。
苦笑を浮かべている雪歩も同じ意見なのかも。

赤だった信号が青に切り替わろうとしていた。

76 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:24:39.18 ID:IiA584goo

「よーし!ボクも少しくらい出しちゃおっかなー」

横断歩道を渡りながら、やけくそな声を出す。

「さっすが、真クン!太っ腹なの!」

「ごめんね真ちゃん……」

「へへっ、いいっていいって」

すると、雪歩は他の人に聞こえないような声で、明日返すねって言ってくれた。
さすが雪歩。義理堅い。

77 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:25:24.44 ID:IiA584goo

「ようやく事務所なの……」

「エレベーター、直せばいいのにね」

「でも、それも味なんじゃない?」

ボクを先頭にして、階段をコツコツと鳴らした。
ついさっきまでいた場所が、いまでは懐かしい。

「小鳥、まだいるのかな」

「明かりもついてたし、いるんじゃないかな」

「私たちを待って、とかじゃなければいいけど……」

「どうせ家に帰ってもヒマだろうから、いいんじゃない?」

「さすがにそれはひどいんじゃ……」

「あはは……」

三人で話すと、下から事務所までなんてあっという間だ。
先頭のボクが代表してドアを開ける。

78 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:26:15.21 ID:IiA584goo

「ただ今戻りましたー!」

「お帰り、真ちゃん。雪歩ちゃんと美希ちゃんも」

案の定、中には小鳥さんがいた。

「ほら、やっぱりね」

美希が誇らしげに鼻を鳴らす。
小鳥さんは、よくわからないという顔で美希を見ていた。
なんだか、その光景がおかしくて、つい笑ってしまう。

小鳥さんが言う。

「三人とも、いいことあったみたいね」

ボクらは顔を見合わせて笑うだけで、なにも答えなかった。

79 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:26:49.68 ID:IiA584goo


―――――

「さて、どこ行こうか」

小鳥さんに別れを告げて、行先を考える。

「ミキ、長居できるところがいいって思うな!」

「なんで?」

雪歩が不思議そうに尋ねる。

「だって、夏の計画、立てたいんだもん」

「そうだね」

「でも、ただでさえ遅いのに……」

美希の答えに、ボクも同調した。
しかし、雪歩はそれが不満なようだ。

80 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:27:22.61 ID:IiA584goo

「大丈夫、ボクの両親より雪歩の方がよっぽど怖かったから。
怒られても、大したことじゃないって」

「それ、そんなに引きずってるのぉ?!」

「うん、ねぇ美希?」

「真クンの言う通りなの!」

「そんなぁ……」

がっくりとうなだれる雪歩。
それを見て、顔を合わせてまた二人で笑った。

高校生の夏は、今年が最後なんだ。
全力を尽くさないわけにはいかない。

81 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:28:30.70 ID:IiA584goo

「じゃあ、いこ?
そこのファミレスでいいよね?」

「キャラメルマキアート、あったっけ?」

「無かったらいったん出ればいいよ」

「うん、そうだね」

「ち、ちょっと待ってぇ。
お母さんに連絡しないと……」

「ほら、雪歩、さん。早くしないと置いてっちゃうよ?」

「……もう!美希ちゃんのいじわる!」

美希がからかうと、雪歩が、怒って追いかけてくる。
だから、二人で逃げるようにファミレスまで競争していった。

なんだかこの時が、どこまでも続くような、そんな気さえした。

82 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:29:53.56 ID:IiA584goo

こうしてボクらは、ファミレスで散々しゃべりあって、夏の計画を立てた。
かなり時間がかかったけど、これで、満足いく夏が送れるはずだ。

二人と別れて、家に帰ると、父さんと母さんがものすごい形相で待ち構えていた。
当然、お説教コースだ。
でも、あんまり怖くはなかった。

だって、雪歩ほどの迫力はなかったから。
あの雪歩をみんなに見せたら、みんなどんな顔するんだろうね。
83 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [saga]:2012/08/18(土) 11:31:02.19 ID:IiA584goo
次の日に、事務所の近くの公園を通ってみた。
財布を見つけた自販機の前で、立ち止まる。

なんとなく何かある気がして、何を買うでもなく、つい下を覗き込んでしまう。
もちろんそこには、何もない。
周囲にだれもいないのを確認してから、一人で苦笑いを浮かべた。
美希と雪歩のせいだな、これは。

だから、また、宝物がそこで眠っているような気がしたのは、きっと気のせいなんだ。

84 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします [sage]:2012/08/18(土) 11:31:29.20 ID:IiA584goo

おわり

85 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(大阪府) [sage]:2012/08/18(土) 11:31:51.81 ID:ElCDXzxgo



86 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) [sage]:2012/08/18(土) 11:38:43.84 ID:X5EmaEWyo

乙です

87 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(東京都) [sage]:2012/08/18(土) 12:52:30.18 ID:bXAPHjdAo

乙。

88 :VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(北海道) [sage]:2012/08/18(土) 13:57:03.06 ID:hDFDy08Mo

乙 やっぱこの三人は相性いいな


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