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小蒔「霞ちゃんが帰ってきます!」 巴「えぇ、そうですね」

1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 02:49:24.80 ID:3lljHSEyo

「~♪」

 日曜の昼下がり。
霧島神境に姫様のアップテンポな、たどたどしい鼻歌が聞こえます。
こんなに姫様がご機嫌な理由は決まりきっています。

「巴ちゃんっ、巴ちゃんっ」
「はいはい。なんですか、姫様?」

 ほら、きました。

「霞ちゃん、まだですかね?」
「えぇ。まだ1時を過ぎたばかりでしょう?」

 笑顔で「そうですかぁ」とだけ言い、姫様はぱたぱたと走って行きました。
ふぅ、と一息。蛇口をきゅ、と捻ると、音を立てて水が流れ出します。
そのまま、私は先ほどのお昼ご飯の食器を洗い始めました。
冷たい水が、私の手から体温を奪っていきます。


咲-Saki- 13巻 (デジタル版ヤングガンガンコミックス)

2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 02:50:47.76 ID:3lljHSEyo

 台所の脇、壁に掛けられたカレンダーには今日の日付に大きな赤いマルが付いています。
さらに言えば、翌月分にもその翌月分にも、今日と同じ月末の日曜日に赤いマルが。
日曜日が待ちきれない姫様がぐりぐりと、色えんぴつで付けたマルです。
「これであと何日待てば良いか、すぐ分かりますね!」と嬉しそうに言っていたのをよく覚えています。
あの時の姫様、ほんとうに嬉しそうでしたね。

 さっきとは逆方向に、きゅっと蛇口を捻ります。
汚れを落としきってぴかぴかになった食器たちを布巾で拭き、食器棚へ。
すべてのお皿を戻す頃には、流水で奪われていた暖かさがしっかりと手に戻ってきていました。

「……よしっ。おしまいっと」

 ぱんっ、ぱんっと手をはたき、台所の電気のスイッチをぱちりと押しました。
照明がしっかりと消えたのを確認して、私は台所を後にしました。
時間は1時半。そろそろ準備を整えて出かけた方がよさそうな時間です。
廊下の木材の感触を足袋越しに感じながら、私は自室へ向かいました。



 日曜日。
高校を卒業するとともに、霧島神境を出た霞さんが遊びにやってくる日です。


3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 02:52:15.20 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


 霞さんのアパートに到着したのは三時すぎ。少しだけ小腹が空いてくる頃合いでした。
ここに来る途中、駅前のデパートでお土産に洋菓子を買ってきたのは正解だったかもしれません。
霧島神境に戻る前に、ちょっとだけ二人でティータイムをとるのも良いかも……なんて思いながら、私はアパートの呼び鈴を鳴らしました。

 じりり、と甲高い音が鳴り響きます。
すぐに戸が開けられ、

「おねーちゃん、だれー?」
「…へ?」

 ……思わず、ぽかんと口が開きっぱなしになりました。
私を出迎えたのは小学生くらいの、小さな男の子。
なんで男の子が? 子供? 霞さん、子供が出来たんでしたっけ? 結婚?
ぐるぐると、混乱しきった思考が迷走を始めます。

「あらあら……だめでしょ、一人でドアを開けちゃ」

 と、呆然としていた私の前に現れたのが霞さんでした。
頭を撫でてから男の子を家の奥に戻らせ、霞さんが私ににっこりと微笑みました。

「一週間ぶりね、巴ちゃん。元気にしてた?」

 活き活きとした、活力にあふれた笑顔。
霧島神境にいた頃の落ち着いた雰囲気を醸し出す霞さんには見られなかった、朗らかな笑顔でした。


4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 02:53:37.80 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


 食卓に丸いお皿が置かれ、二人分のマーマレードが用意されました。
椅子に座る私の向かいに、霞さんが同じく座ります。

「気を遣わせちゃったみたいね……お土産なんてよかったのに」
「いえ、私も食べてみたかったので。霧島神境の中ではこんなもの、殆ど頂く機会もありませんからね」

 「あらあら」と言いながら、霞さんがティーカップに口を付けました。
倣って、私もティーカップを手にします。鼻をくすぐるのは柑橘の香り。

「レモンティーですか?」
「えぇ。インスタントの安物だけどね」

 くい、とカップの角度を上げて、レモンティーを流し込みます。
紅茶の香りと、ちょっぴりアクセントを加えた酸味。

「……美味しいです」
「それは何より」

 くすりと笑って、霞さんはフォークをマーマレードへ。
扱い慣れた様子で綺麗に一口分をすくい取り、口へ運びました。


5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 02:56:14.90 ID:3lljHSEyo

「……んっ」

 口に手を当てる霞さん。

「……美味しいわ」

 と、顔が緩みます。

「今度買いに行ってみようかしら……どこのお店?」
「駅前のデパートの……」
「あぁ、あのお店ね! 前々から気になってはいたのだけれど」
「そこまで値段も高くありませんでしたよ」
「本当? それだったら……」

 ……何気ない、どうってこともない話。
だけども、そんな話をしている時間が、なぜだかとても心地良いのでした。


6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 02:59:51.24 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


「……そんなわけで、時々家で近所の子を預かったりしてるのよ」
「へぇ。一瞬、霞さんの子かと思っちゃいましたよ」

 私が冗談めかして言うと、「そんなに老けて見える?」と霞さんはわざとらしく頬を膨らませました。
隣室からは先ほどの男の子が見ているのであろう、テレビ番組の音声が聞こえてきます。

「手間のかからない子で助かるわ。ちょっとやんちゃな子だと、こうはいかないもの」
「それでもなんだかんだで宥めてしまうんでしょう? さすがは保母さんですね」
「ふふ。まだまだ新人だけれどね」

 そう言う霞さんの後ろ、クローゼットのドアの隙間からは可愛いロゴが入ったエプロンが見えました。


 ――高校を卒業し霧島神宮を出た霞さんは、そのまま家も出て独り暮らしを始めたそうです。
思慮深い霞さんには似つかわしくない行動だな、と驚いたのを今でも覚えています。
霞さんはアパートの一室を借り、近所の託児所に勤めるように。
今では仕事にも慣れ、生活も安定してきたようです。


7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:01:37.76 ID:3lljHSEyo

「あらあら……これでも毎日苦労してるのよ? まだまだ慣れそうにはないわ」

 とは霞さんの談。
ですが、そうは言いながらも、次には必ずこんな言葉を言うのでした。

「だけれどね。毎日――すごく楽しいの。一日、一日を『生きてる』って思える……そんな実感があるの」

 そう言って笑う、そんな霞さんが。
私にはとても眩しく見えたのでした。


8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:05:32.67 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


 私が霞さんを連れて霧島神境に戻ったころには、あたりはすっかり夜の闇に包まれていました。

「随分と遅くなっちゃいましたね」
「ごめんなさいね。私が断っていれば……
「あ、いえ。そんなつもりは」

 結局、霞さんのアパートを出たのは五時過ぎ。
子供を預かっていたので、その母親が迎えに来るまでは外に出られなかったのです。

「もうこんな時間……みんな待ちくたびれているわね」
「えぇ。みんな、霞さんが遊びに来るのを楽しみにしてましたから」
「あらあら。嬉しいわね、もう部外者だっていうのに」
「……」

 ――『部外者』。その言葉に、私は何も言葉を返すことが出来ませんでした。


9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:07:39.94 ID:3lljHSEyo

「ただいま帰りましたよ」

 暖かな光が漏れ出す戸をスライドさせ、屋内へ。
そんな私たちを出迎えたのは、やっぱり姫様でした。
廊下の奥からぴょこりと顔を出し、私たちの姿を見るやいなや、ぱっと表情が明るくなります。
ぱたぱたと廊下を走って、私たちの前までやってきて、

「霞ちゃんっ!」

 と、私には目もくれずに霞さんの胸に飛び込みました。

「霞ちゃんっ。お久しぶりです!」
「一か月ぶりね、小蒔ちゃん」

 霞さんは微笑んで、姫様を優しく抱きながら髪をかき撫でます。

「ほーら。姫様、そんな抱き付いてたら霞さんが中に入れませんよ」

 と言うと、渋々といった様子で姫様は霞さんから離れました。


10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:09:21.25 ID:3lljHSEyo

「それじゃ、遅くなっちゃったけれど……みんな晩ご飯はまだなのかしら?」
「はいっ。初美ちゃんも、春も、みんなで待ってました!」
「そう。それじゃ、さっそく準備するわね」

 そう言って、霞さんはぐいと着ていたセーターの袖をまくりました。

「巴ちゃん。手伝ってくれるかしら?」


  ◆  ◆  ◆


 程なくして、夕飯の場が整いました。
時間がほとんどかかっていない割には、並ぶ料理は鰈の煮つけや豚の角煮など、ずいぶんと手の込んだもの。
「折角だから美味しいものを食べてもらいたくって」と、霞さんが家であらかじめ作ってきたものでした。

「霞ちゃんの手料理なんて久しぶりですよー!」

 とはしゃぐのは私や霞さんと同い年のはっちゃん。
その隣では春ちゃんが、

「たのしみ……」

 と、どことなく嬉しそうに(表情があまり変わらないので推察するだけですが)言います。


11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:10:51.90 ID:3lljHSEyo

「それじゃ、いただきましょうか」
「はいっ! では……」

 ぱんっ。
手を合わせる音に続くのは、

「いただきますっ!!」

 久しぶりに揃う、五人分の唱和でした。


「それではっ」

 姫様が真っ先に箸を伸ばしたのは、やはりというべきか霞さんが作ってきた料理でした。
柔らかくほぐれた鰈の身を箸でちぎり、その身を口に運びます。

「~~っ」

 口にした途端、姫様の口元が緩みました。
そのままもくもくと咀嚼し、嚥下し、すぐに次の一口を箸で取ります。


12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:14:21.01 ID:3lljHSEyo

「あんまり急いで食べちゃ身体に悪いわよ」
「霞ちゃんっ。これ、とても美味しいです!」

 二口目もごくりと飲み込み、姫様は霞さんに屈託のない笑顔を向けました。
それに連鎖するように、

「お、霞ちゃん、また腕を上げましたねー」
「ちょっとだけ甘目の味付け……美味しい……」

 と、はっちゃんや春ちゃんも舌つづみ。

「春ちゃんはこれくらいの味付けが好みだと思ったから。良かったわ、お口に合ったようで」

 わいわいと、食事の場が賑わいます。
次々と箸が伸ばされる霞さんの手料理。

 そんな中で、私は自分が作ったおひたしをもくもくと口にするのでした。


13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:16:15.50 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


「巴ちゃん」

 と、はっちゃんが私を呼ぶ声が聞こえたのは食事が終わった後。
霞さんと姫様の後に、私がお風呂に入っていた時でした。

「はっちゃん。どうしたの?」
「私も一緒に入ってもいいかな?」

 珍しい。はっちゃんが私と一緒にお風呂なんて。

「大丈夫よ。どうぞ」
「それでは失礼ー」

 浴室の戸が開かれ、小さなはっちゃんの身体が湯気の向こうにゆらりと現れました。
そのままシャワーを流し、

「ひゃっ。つめたっ」

 と、出始めの水の冷たさにびっくりしながらも、身体を洗ってから私と同様に湯船に浸かりました。

 ほうっ。
はっちゃんがゆっくりと息を吐きます。


14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:20:21.40 ID:3lljHSEyo

「気持ちいいね、巴ちゃん」
「そうだねぇ……」
「……ふふ」
「…?」

 くすくすと、はっちゃんが笑います。

「なんだか不思議だなって。巴ちゃん、霞ちゃんと話すときは丁寧語なのに……私と話すときはフツーに話してくれるんだ」
「あぁ……って、それを言うならはっちゃんもでしょ」
「そう?」
「うん。今のだって、霞さん相手なら「そうですかー?」って言ってるよ」
「えっ……もしかして今の私のモノマネ?」
「それ以外に何があるの?」
「全然似てないよ! 私そんなぶりっ子してないよ!」

 もうっ、と頬をぷっくり膨らませるはっちゃん。
そんなはっちゃんがおかしくって、ついつい笑いがこみ上げてきます。
その笑いに、はっちゃんも同調して。

「あはははっ。あーっはっはっは!」
「ふふふっ…! くふっ、ふふ……あははっ!」

 二人の笑い声が浴室に響きました。


15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:24:48.83 ID:3lljHSEyo

「巴ちゃん」
「なぁに?」

 笑いが収まって、しばらくしてから。
ぽつりと、はっちゃんが呟きます。

「霞ちゃんのことですだけど」
「……うん」
「あんまり……その」

 しばらくの逡巡。
それから、意を決したように、私の目をまっすぐ見据えて言いました。

「……目の敵にしないでほしいな……」

 ……きょとん。
おそらく、はっちゃんから見れば、その時の私は間の抜けた顔を晒していたことでしょう。

「目の敵? 私が?」

 こくりと、はっちゃんは頷きました。

「はは、まさか。そんなことあるわけないじゃないでしょ。むしろ大好きなくらいだよ」
「でも……いくら私でも分かるよ。さっきの晩ごはんのとき、巴ちゃん、すっごい顔してたから」
「……そんなに?」

 もう一度、はっちゃんが頷きます。


16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:26:38.17 ID:3lljHSEyo

「……だけど、嫌いになってるつもりなんてないよ」
「……」
「霞さんにはずっとお世話になってきたし……私だけじゃなくって、六女仙のみんなを支えてきてくれたすごい人だし」

 たどたどしい私の言葉を、はっちゃんは黙って聞いてくれました。

「とっても感謝してて……だから、霧島神境を出るって言ったときも応援したいなって思って…!」

 段々と、自分の言葉に熱がこもってくるような感覚。

「それで、霞さんが出て行って……霞さんが抜けた穴は私が……私が埋めようって…!」

 あれ……おかしいな。
のぼせちゃったのかな。こんなこと、言うつもりなんてなかったのに。

「でも……でもっ! いくら私が頑張ってもっ! ……姫様の目はずっとっ霞さんばかりへ向いててっ…!」

 こんなこと。言っちゃダメなのに。ずっと胸の内にとどめておくつもりだったのに。

「姫様を、み……見捨てて行ったっ、人なのにっ…!」

 あふれてくる言葉を呑み込もうとしても、一度勢いがついた言葉の濁流はとどまるところを知らなくて。
ぐずり、ぐずりとつっかえながら、私は。


「……私だってっ…! 姫様に……見てもらいたいのにっ……!」


 ――とうとう、秘めていた思いを口にしてしまって。
そのまま私の意識は白い、湯気のようなもやに包まれてしまいました。


18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:28:18.20 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


 どれだけの時間が経ったでしょう。
覚醒した私の目に一番に映ったのは、

「巴ちゃん!」

 と、私の顔を覗き込むはっちゃんと、

「大丈夫? ほら、お水入れてきたわ」

 と言いながらコップを差し出す霞さんでした。

「……ん」

 どうやらお風呂でのぼせきってしまい、そのまま倒れてしまったようです。
ゆっくりと、私は身体を起こしました。身体を覆っていた布団がぱさ、と音を立てます。


19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:29:33.50 ID:3lljHSEyo

「……ごめんなさい。迷惑をかけてしまったようですね」
「もうっ。びっくりしたよ」

 そう言って、はっちゃんが私の頬をむに、とつまみます。

「心配させてー。この、このー」
「ごめん、ごめんってば」

 そんな私たちの様子を見ながら、霞さんがくすりと笑いました。

「でも、本当に心配してたのよ。私も、初美ちゃんも……小蒔ちゃんもね」
「え…?」

 そう言われ、私の腰に何か重みがかかっていることを初めて認識しました。
視線を下に向けると、ちょうどそこには、

「……んん……。…ともえ、ちゃん……」

 ――姫様の頭があって。


20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:30:21.43 ID:3lljHSEyo

「姫様、ずっと巴ちゃんの看病してくれてたんだよー」
「姫様が…?」
「ほんとははるるも一緒だったんだけどね。ちょっと前に「一足先に」って寝ちゃったの」
「…そう、ですか……」
  
 時計を見てみれば、既に日付が変わってしまっているような時間でした。
普段なら十時にはとっくに寝床についている姫様が、こんな時間まで起きていたなんて。
……私の、ために?

「もうー。愛されてるんだから、このこのっ」

 はっちゃんがおどけて、私の肩をつんつんとつつきます。
だけれど、そんなはっちゃんに応えることが出来ないくらいに、私の頭は真っ白になっていて。
嬉しくって。驚きで。……何を言えばいいのか、まったく分からなくって。


21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:31:12.73 ID:3lljHSEyo

「巴ちゃん」

 そんな私に助け舟を出すように、霞さんが口を開きました。

「初美ちゃんから聞かせてもらったわ。……ごめんなさいね。知らないうちに、あなたを苦しめていたみたい」
「いえっ、そんなっ!」
「……でもね。私、ちょっとだけ嬉しかった気持ちもあるの」
「嬉しかった…?」

 霞さんがゆっくり頷きます。

「今まで長い間、あなたと一緒に過ごしてきたけれど……初めて、あなたの本当の気持ちを知ることが出来たのが。とっても嬉しかったわ」
「それは私も同じくですよー!」

 はっちゃんが同調します。

「巴ちゃんは自分の気持ちを抑えがちだからねっ」
「……そうかな」
「うん。いつだって誰かのために尽くしてて、自分のことは二の次三の次」
「そんな風に見られてたんだ……」

 確かに、自分の思っていることを口にすることは殆どなかったように思えますが。
……それで、みんなにそう思われていたとは。

「だからね、巴ちゃん」

 霞さんが言います。

「ずっと、あなたのことが心配だったの。……私と、あまりにもよく似てたから」
「似てる? 私と霞さんが、ですか?」
「えぇ」

 頷き、霞さんは湯呑の茶を一口すすりました。


22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:32:08.81 ID:3lljHSEyo

「人のために尽くして、自分を押し殺して。そんな、誰かのための生き方。……私とそっくり」
「……もしかして。それで霧島神境を…?」

 もう一度、霞さんが頷きました。

「おかげで、やっと自分のための……誰かのためじゃない、自分のための生き方を見つけた……そんな気がするの」
「……」
「あとはあなただけ。あなたが自分の生き方を見つけられるか……とっても不安だったのだけれど」

 そこで、霞さんの表情がふっと和らぎました。

「どうやら大丈夫そうね。初美ちゃん相手に、あんなにもはっきり自分の想いを言えたのだもの」
「ま、私と巴ちゃんの仲ですからねー!」

 「高校3年間ずっと同じクラスなのは伊達じゃないのですよー!」と、はっちゃんはけらけらと笑いました。

「……ね、巴ちゃん」
「…はい」
「自分に正直な生き方って……とっても、いいものよ」

 微笑む霞さん。
そんな彼女に対し、私も、

「……そうですね」

 と、ぎこちない笑顔で返したのでした。



「あ、そうそう。巴ちゃんにひとつ、教えてあげたいことがあるの」
「? なんですか?」
「あのね。小蒔ちゃんなんだけれど……」


23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:33:09.64 ID:3lljHSEyo

  ◆  ◆  ◆


 翌朝。

「ほーら、起きてください!」
「んん……霞、ちゃん…?」
「なに寝ぼけたことを言ってるんですか。私ですよ、巴です」
「巴ちゃん……あれ、霞ちゃんはどうしましたか…?」
「もう帰ってしまいましたよ。ほら、もうお昼前ですから」
「えぇーっ!? 帰ってしまったんですか!?」

 そんなぁ、としょんぼり。
そこで、私は照れ臭さが出ないようにしながら、何気なく言いました。



「ほら、もうすぐお昼ご飯ですよ。早く着替えましょうね、小蒔ちゃん」
「はぁい……」


24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:34:12.13 ID:3lljHSEyo

 もぞもぞ、と布団から這い出す小蒔ちゃん。
ですが、すぐにぴたりと動きが止まりました。

「……あの、巴ちゃん?」
「はい? なんですか?」
「私の聞き違いじゃなければ、今……『小蒔ちゃん』って」
「……おかしいですか?」

 ふるふる、と小蒔ちゃんは首を振りました。



「とっても嬉しいです! これからもそう呼んでくれますか?」

 ――小蒔ちゃんね。いつも姫様って呼ばれてるけれど……本当は名前で呼んでもらいたがってるの。
 ――だから、巴ちゃん。これからは名前で呼んであげてくれないかしら? きっと喜んでくれるわ。

「えぇ、もちろん」

 ぱぁっと、小蒔ちゃんの顔が明るくなりました。
それを見て、私の顔も自然と緩むのでした。


25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/09/27(土) 03:37:10.90 ID:3lljHSEyo

おしまいです。



咲-Saki- 阿知賀編 episode of side-A コミック 全6巻完結セット (ガンガンコミックス)
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